東日本大震災の避難者とさわやか福祉財団

1. 新年度に入り、東京では桜もめでたく咲きましたが,当方はまだ3月の報告が当分続きます。

今回はNYをお休みして、帰国後の、もう10日以上経ちますが、3月25日(日)に開催された公益財団法人さわやか福祉財団が主催した「県外避難者支援の現状と課題」という東日本大震災被災者支援フォーラムの記録です。


朝10時からの2時間。
財団からの現状報告のあと、105分間のパネルディスカッション。
堀田力理事長の議事進行で、(A)東京都の支援を担当する課長、(B)千代田区社会福祉協議会の課長、(C)災害復興まちづくり支援機構の事務局長(弁護士)、(D)阪神・淡路まちづくり支援機構の事務局長(弁護士)の4人がパネリストを努め、たいへん充実した内容でした。


聴衆は、補助席も出る状況で、200人ぐらいでしょうか。避難者も何人か出席しており、このあと交流会がありました。
参加者には、日曜もあってか、学生を含めて結構若い人も目につきました。


2. 東京都の県外避難者受け入れの現状について ――Aさん・Bさんの報告

(1) 避難者数(届出が任意であるため数字はあくまで概数で、プラス・アルファがある)――全国で344千人、うち県外避難者71千人、うち福島から県外が61千人
(2) うち県外から東京への避難者は、9,292人うち福島からが7,645人(3月8日時点)
(3) 支援の内容は、
・ 住宅の提供――公営住宅、民間借上住宅、区市斡旋住宅がほとんど
・ 生活資金の援助――区市等からの貸付、東日本大震災復興支援財団からの一時避難支援助成・・・等
・ 生活物資の提供――家電(赤十字)、衣料品(株式会社丸井)・・・等
・ 相談窓口(生活―社会福祉協議会、法律−弁護士会、就職−株式会社パソナ、など)、戸別訪問―社会福祉協議会・民生委員・自治会、イベント招待、交流会・・・等
・ 情報提供とニーズの把握


3. 災害復興まちづくり支援機構から、Cさんの報告
(1) 弁護士、建築士社会保険労務士技術士等々、専門的な立場から被災者への支援をおこなうべく、2004年に設立された。
(2) 今回であれば、例えば、弁護士(特に原発被災者弁護団)が原発損害賠償に関する共通項目について、技術士が除染、放射線についての基礎的事項の説明などを行っている。
(3) また、東電とは別に弁護士会が独自に損害賠償の用紙を作っており、「とにかく、損害をすべて書き出すこと」を呼びかけている。
(4) 被災者最大の悩みは、「帰りたいけど帰れない」と「賠償の問題」。

例えば、健康被害の賠償はどうなるか?部分部分の請求は可能か?自主的に避難した人はどうなるか?等々。支援の体制はととのっているから、1人1人がぜひ声を出してほしい。


4. 阪神・淡路まちづくり支援機構から、Dさんの報告


(1) 阪神淡路大震災の被災者にとっていまもなお、悩みや苦しみは続いていることを忘れないでほしい。
(2) 阪神淡路から得た3つの反省として
・ 行政に頼れば何とかしてくれるというのは、間違いだった。
・ いざという時のための法律があると思っていたが、むしろ法律が壁になった。
・ 復興にあたっては将来のための理想の都市づくりという視点が大事であることを痛感した。

(3) これらは、東日本大震災では若干改善されているとは思うが・・・・


そもそも、日本はまだ意識が遅れているが、
避難することは、国際条約でも決められている、憲法で認められている国民の権利である。
一人ひとりの個人を尊重するという視点に照準を合わせていくことが大事。

そして、「忘れられること」がもっとも残酷なことだということ。
【a】関心を寄せること
【b】見続けること
【c】忘れないこと
これらこそが、もっとも大事な支援である。


5、さわやか福祉財団理事長堀田さんの司会
(1)いつもそうですが今回も、堀田力さんの議事進行は本当に見事でした。
パネリストの意見を率直かつ公平に出すことに意を用い、出しゃばらず、しかし自分の意見もきちんと出し、時間どおりに終える。同時に、限られた時間の中で、会場にいる避難者の方にも参加意識を求めようとする真摯な姿勢には心を打たれました。


(2)堀田さんが強調したことの1つに、Dさんのコメントを補足して、「個人情報の壁」があります。
個人情報を保護するという法律の趣旨がいかに行き過ぎてしまっているか。
それが避難者支援にとっていかに障害になっているか。当たり前のことが出来ない。誰がどこに居るかさえ教えてもらえない、というもどかしさ。


日弁連は昨年6月に、運用の緩和を求める意見書を提出した。
堀田さんは、いま内閣府のもとに設置された「東日本大震災復興支援会議」の委員の1人ですが、会議で、個人情報保護法の改正を提案したとのことです。
「よほど言わないと、これは変わらない」という嘆きが伝わってきました。


6. 以下、聴衆の1人としての感想です。

(1) 今回の、とくに原発事故について、「東電と国の不法行為みたいなものだ」という某氏の発言が、「避難は、国際的な常識として、国民の権利だ」というDさんの言葉とともに印象に残りました。


(2) まだまだ、課題は山のようにある。
「帰りたいけど帰れない」というような避難者や、いまだ仮設住宅に住んでいる方の苦労・悩み・困窮はまだまだ続くだろうと思うと、さらに痛ましい気持ちになる。

しかし、その中で、当事者は言うまでもなく、行政も企業もNPOも、弁護士のような専門家も、町内会やPTAや個人やさまざまなボランティア(若い人たちも)など、熱心な支援を続けている。これは、報告を聞いていて、やはり熱い気持ちになる。


(3) その中で、Dさんが指摘された
「忘れないことが最大の支援である」という一言は、誰もが心に留めておくべきではないだろうか。

(4) そんなことを感じて、
「私のブログを読む人は本当に少ないが、それでも、ほんの少しの人にでも今日のフォーラムのことを知ってもらいたい」と思いつつ、会場を後にしました。
そっと入って、そっと退出するつもりでしたが、
クロークのところで堀田さんに見つかり、「よく来てくださいました」とお礼を言われて恐縮しました。
「とてもよかったです。特にDさんの話は印象に残りました」と報告したところ、
「本当にそうですね」と同意してくださいました。


7. 最後に触れておきますが、NYに着いたのが震災1年目の2日後の3月13日。

テレビのニュースではこの週は連日、短時間ながら「1年後」を取上げていました。
あまりゆっくり見る時間はありませんでしたが、真面目に・淡々と報道していたと思います。

対外的にも、外交政策も、いろいろと批判を浴び、問題も抱えるアメリカではありますが、今回の米軍の「ともだち作戦」は、素直に高く評価して、感謝すべき行動だったでしょう。

この「作戦」で臨時の出費がかさんで、アメリカの軍事予算は一時的にパンク寸前まで行った、という話をさる人から聞きました。
もちろん支援してくれたのはアメリカだけではありません。
これもまた、私たちが「忘れるべきではない」出来事だったと思います。


それと、「ともだち作戦」について補足すれば、リーダーシップとは、誰がやっても出来るだけ同じ結果を生むような、システムを動かすことだということを知る、いい見本でもあったでしょう。
この国で首相がころころ変わるのは、システムに問題があるのに、個人のせいだと考えるところに誤解の1つがあるだろうと思います。