東奔西走とは格好いいですが

1. ブログの更新が8日ぶりとなり、柳居子さんのコメントお礼もすっかり遅れて失礼しました。

「見て、覚えよ」、いい言葉ですね。
日本の職人さんの技は1つの文化なのでしょうね。

たまたま目下、東京の古い家を事情があって解体しており、1昨日、現場で現状打ち合わせをしてきました。

私の弟がもと大手建築会社の設計の責任者で、彼が本件を仕切ってくれているので助かっていますが、長年、設計のプロジェクトで欧州・中東・アジアでもいろいろ関わってきましたが「日本の職人の仕事ぶりは、世界一」と言っていました。

多分、「労働」に対する考えが違うのではないか、自らの仕事への責任感と倫理観が根っこにあるのではないか、という気がするね、という話をしたのですが、こういう文化はこれからも継承していってほしいと思います。



2. 上記の事情もあって目下、東京に住めず、しかもいろいろ雑用があって、先週後半から茅野市(長野県)と京都、東京へと行ったり来たりしており、いささかくたびれて、更新もお休みしております。

東京への往復は1回は妻と車で(有難いことに無料の招待券をもらって「国際文化会館」に泊まり)、

もう1回はひとり、高速バスに乗りました。
バス旅行は日帰りで、車中の行きは、福沢諭吉の文章を幾つか読み、帰りは、『日本人はなぜ、中国人、韓国人とこれほどまで違うのか』(黄文雄徳間書店)という本を読みました。


後者は、昔の職場の同期会に出席したところ、某君が、「この本を読むと少し気分が晴れるかも」と言って、推薦してくれたので、新宿の本屋で早速購入して、帰りのバスの中で読み終えたものです。

「台湾人の著作だと、かなりの真実味もあると思い、少し気分が休まります。

日本も、問題が火を噴いてからではなく、平時に、もっと、いろいろな情報を
世界に発信していく必要があると思いますね。」という同氏のコメントです。

時局物というか、こういう種類の本は普段全く読まないので、著者についても知識はありませんでしたが、台湾出身の人で、早稲田、明治の大学院(西洋経済史)で学び、『世界で絶賛される日本人』『日本人はなぜ世界から尊敬され続けるのか』といった、題名からだけでも中身が推察されるような著作をたくさんものしている人のようです。


3. この本からの孫引きですが、以下のような西洋人の幕末の日本観察が紹介されます。
「ひょっとすると、日本人の職人のほうが、西洋人よりも優秀かもしれなかった。(略)道具の使い方をすぐに覚え、機械類に関する知識も簡単に手に入れて、手順を教えても、単なる真似事で満足せず、自力でどんどんその先の仕事をやってのける」


これはフランスの海軍士官が書いた『江戸幕府滞在記』(講談社学術文庫)の一節で、幕府が横須賀につくった造船所で働く日本の職人についての描写だそうです。

ちょうど、上記のように、弟と職人さんの話をしたばかりだったので、面白く読みました。


4. 本書には、福沢諭吉も2度、言及されます。
1つは、例の、題名だけはよく知られた「脱亜論」です。
末尾は、ご存知の方も多いでしょうが、以下の通りです。

「我が国は、隣国の開明を待ってともにアジアを興すの猶予あるべからず。
むしろ{略}西洋の文明国と進退を共にし、そのシナ、朝鮮に接するの法も隣国なるが故にとて特別の会釈に及ばず、まさに西洋人がこれに接するの風に従って処分すべきのみ。
悪友を親しむ者はともに悪名を免(まぬ)がるべからず。
我れは心において、アジア東方の悪友を謝絶するものなり」


黄文雄さんはこう書きます。
福沢諭吉の「脱亜論」はやや極端にして激越な内容だが、冷静に読めば共鳴できる点は多い。大中華や小中華の頑迷固陋(がんめいころう)ぶりは儒教の尚古主義からくるもので、仏教用語における「我執」「妄執」に近い」


5.もちろん、いまは「謝絶する」訳にはいかないので、まさに、国と国との、そして私たち一人ひとりの、「外交力」が大事なのでしょうが、その際に、日本人の「職人力」というのは、忘れてならないように思います。

黄文雄さんの言葉で、ちょっと面白いなと感じたところが1つあって、以下の文章です。


「経済力と軍事力が突出していても、文化的魅力なしに時代の主役になれるものだろうか。アメリカ発のグローバリズムが拡大したのは、民主、自由、人権という理念に普遍性があるからこそだ」

アメリカの理念だって、所詮、建て前ではないか・・・
依然として弱肉強食の国際社会で「覇権国家」の力も無視できないではないか・・・
という批判もあるでしょう。
しかし、「建て前」も大事だろうと思うし、
文化というソフトパワーのもつ「力」も忘れてはならないでしょう。