「エコノミスト」2月2日号特集「次なるスーパーモデル北欧」(その2)

1. 我善坊さん、柳居子さん、有り難うございます。
今回はコメントのお礼だけにさせて頂き、「エコノミスト」記事の紹介が途中ですので
これを先に終えたいと思います。お許しください。少し長くなります。

2. 今回は本論、即ち、
(1)「新・北欧モデル」の特徴、
(2)彼らの成功の秘密と我々の課題は何か?
についてご紹介します。

紹介する狙いは、いささか大上段な表現ですが、北欧の個々の施策(例えば、医療・教育が無料だとか、雇用政策がどうとか、消費税が〜%だとか)とは別に、そもそも論として我々日本人は社会や国家と人間の在り様をどう考えているか?に興味があるからです。
そのためには、「日本は違う、北欧は(豪州もNZも)参考にならない」と断定するのではなく、そもそもどういう「社会の在り様」が望ましいか?を考えるべきではないか?


3. ということでまず「新・北欧モデルの特徴」を整理すると、
(1) 福祉大国路線と大きな政府を維持しつつ、市場原理・競争原理を導入したこと。
=福祉資本主義
(2) 個人の自主性・創造性・イノベーションを最大限重視していること。
(これを引き出すことが政府の最重要な任務である)
(3) もともと、政府への信頼度が高いこと
(4) 「プラグマティズム」と「決めたことは多少時間がかかってもやり抜く意志堅固なこと(tough-mindedness)」
(従来の「社会民主主義」路線が行き詰まったとみるや、直ちに市場原理を導入し、しかも断固としてやり抜こうとしている。右と左の教条的な対立を退け、現実的・実際的に対応する)

の4点にあります。


4. もちろん、改革はまだ進行中であり、完ぺきでもない。
例えば、従来からの寛容な移民・難民の受け入れ政策によって社会の分断が徐々に広がり、平等で知られた風土が変化してきている、高い税を避けて国外に逃れる人は引き続き存在するし、大企業がグローバル化する中で競争力を維持することの難しさも増大している。
(スウエーデンではサーブ自動車部門が倒産し、ボルボが中国の資本になったが政府は一切救済しなかった)

依然として政府部門は大きすぎるし(公的セクターで働く労働者は全体の3割を占め、OECD平均の倍)、民間部門は小さい。税は下げてきているとはいえ、まだ高率だし、福祉もまだ寛大に過ぎるところはある。


しかし、断固として改革に取り組む決意を固めているし、スピードは多少緩いかもしれないが、堅実に持続する覚悟である。

しかも、「旧北欧モデル」でもっとも大事な価値感―人的な資源に最優先で投資し、資本主義の弱点である格差・不平等と腐敗から国民を守るというーを犠牲にすることなく、やり遂げようとしている。


5. 次に、「私たちにとっての教訓と課題は何か?」です。
教訓は?上述したように、「福祉大国でありながら、市場原理を導入して効率を高める国づくりが可能だ」と実証しようとしていること。

小国の事例は参考にならないと言うかもしれないが、いま中国がノルウェイの国家運営に注目している。

豊富な石油資源を背景にノルウェイは、4カ国の中で唯一、自由市場ではなく、国家資本主義を採用している。他の3カ国と国家運営の仕方が異なり(だからこそ中国の興味を惹く)、「豊かな従兄妹」と言われる所以。しかし、同時に、平等な社会、教育、イノベーション人道主義等の価値感に力を入れている。
(個人的な感想ですが、仮に中国が本気でノルウェイのこういう面を学ぼうとしているとしたら、真の脅威というか、期待が持てますね)


6. 「彼らの成功の秘密と我々にとっての課題は何か?」(ここが私にとっていちばん関心あるのです)
それなら、彼らの成功を私たち(もちろんエコノミスト誌はまず英国に向かって語っています)が真似できるかというと、以下の通りなかなか難しい問題がある。


(1) 問われているのは、彼らの「プロテスタンティズムの精神」と「人間と組織への信頼」と「個人主義の伝統」の3つである。これらは一朝一夕で身に付くものではない。

(2)「プロテスタンティズム」を補足すれば、教会および牧師の役割は「助けを差し伸べる友」であり、個人は神と直接つながり、人間の権威に頼らない。

(3)「高い信頼」について言えば、政府だけでなく、隣人や市民や見知らぬ人を信じる意識も高い。それは、歴史的かつ地理的に醸成されたものである。

「信頼の高さ=良質のソーシャル・キャピタル」は、社会の効率を高め、無駄なコストを減らし、人間の活動をより価値の高い・生産性の高いものに振り向ける。
米国の「訴訟社会」やイタリアの「仕返し社会」と対照的である。

それだけではない。「高い信頼」は、良質の人材を政府部門に送ることができ(北欧の公務員の給与水準は決して高くない)、市民の納税意識は高くなり、遵法精神も高まるのである。

(例えば、スウェーデンの国民が米国カルフォルニアの住民より、進んで・より多くの税を払うのは、政府に満足し・信頼しているからである)


(4)「個人主義」については、個人の自主的な能力を引き出すことを最も重視する自由な教育(全国的なバウチャー制度、5人に1人が教育監督機関の指導をまったく受けないフリー・スクールに通う現状、教員はカリキュラムやテストを全て自主的に決められる・・・)、夫婦個別に納税する仕組み、充実した育児支援デンマークでは、労働人口は全男性の79%に対して女性は72%と僅差である)・・・等々、自主性を尊重する長い伝統。

しかもその「自主性」は政府主導で政府がリーダーシップをとってなされているのが特徴的=「国家主導の個人主義(statist individualism)」.


(5) 最後に、教訓として言えるのは、「図体が全てではない」ということであろう。

エコノミストが最近の北欧諸国の成功に戸惑っているのは、依然として大きな政府の存在である。
エコノミストによれば、GDP比税率が10%アップすれば成長率は年率で0.5〜1%押し下げるという。


しかし、もっと大事なのは、公的部門の「サイズ(大きいか小さいか)」ではなく、その「正直さと透明性(honesty and transparancy),合意形成と妥協(consensus and compromise)」にあること,その前提として社会全体の「信頼と個人の尊重」(trust in strangers and belief in individual rights )にあることを北欧の事例が語ってはいないだろうか。


「政府」への信頼について最後に補足すると、
政府はクリーンかつ正直であり、透明性が高い、また合意形成と妥協を大事にする、という認識が国民に共有されている。
私見ですが、格差の少ない相対的に平等な社会だからこそ「合意形成と妥協」が成立しやすいという文化があるでしょう。つまり「鶏と卵」ですね)
例えば、国民は全ての公文書にアクセスが出来る。また国民のチェック機能が働いており、
例えば、「自転車での通勤をやめて公用車を利用するような政治家がいたら直ちに批判される」(因みに、デンマークでは働く人の約3割が自転車で通勤している)。


ということで、「エコノミスト」記事の紹介をいちおう終わりますが、
個別具体的な施策や事例ではなく、その底にある「人間(じんかん)交際(福沢はsocietyを「社会」でなくこう訳しました)の在り方」に目を向けているあたり、さすがと思った次第です。