英国の田舎(カントリー)と「保守」について


1.前回、英国の田舎に住む日本人女性を紹介しました。
フェイスブックのコメントで、明治時代に日本人最初の国際結婚と言われる、NYのモルガン財閥の1人と結ばれた、いわば先駆者がいたことを思いだしました。
コメントを頂いたのは、この、お雪さんという京都の女性が大叔母にあたる方です。
1910年代半ばの対日感情が徐々に悪くなる米国を逃れてフランスに行き、夫に死なれたあと、華やかなパリと静かな南仏ニースで暮らし、ここも日本人には徐々に住みにくくなり、京都に戻った・・・・数奇な運命を送った女性です。

「本当に強い 腹の座った人と云うのは 女性だと常々思っています」という思いは、そういう親族を持った方の実感として心に残ります。


2.いまはお雪さんの時代と違って、地球は狭くなり、異国に暮らしてもさほど孤独感は少ないかもしれません。
それでもミセスDのように、周りに日本人の居ない田舎(カントリー)に住み、「身一つで、異郷の地に単独で乗り込んで、確実に地歩を築く事の出来る」(FBのコメントにある言葉)女性の生き方には興味をそそられます。彼女の場合は時代も環境も違い、日本に戻って暮らすことはまずないでしょう。
ちなみに、彼女の生涯を取り上げたノン・フィクションがあって、ご興味のある方は以下のブログをご参照ください。


そして、お雪さんの場合、30年ぶりに帰国して、日本と日本人はどう映ったか?
直後に作家の吉屋信子がインタビューし、雑誌「主婦の友」に「モルガンお雪さんと語る」と題して掲載された文章によると、おぼつかない日本語でこんな応答をしたそうです。
「フランス、ヒトノコト、カマイマセン。ニホン、アマリ、ヒトノコト、サワギスギマス」


少しは異国に暮らした人間にとって、このお雪さんの言葉は現在も頷けるところがあるのではないでしょうか。
おそらく付け加えれば、「他人(ひと)のことを構わない。しかし、違うやり方で他人のことを構う」
と言ったらよいでしょうか。

3.ミセスDが暮らす「フルべック」という小さな村は、彼ら夫婦が住む「フルべック・ホール」を中心に旧い家並みがあります。ホールの隣は教会があり、あと人が集うのは、ヴィレッジ・ホール(集会堂)、ファーム・ショップ(牛乳や卵や野菜を売っている)、宿屋ぐらいです。
おそらくアッパー・クラスに属するDさん夫妻にとっては、田舎(カントリー)に住むのは、ある年齢に達した人たちが選ぶ「理想の暮らし」の1つであるようです。もちろん都会暮らしを好む人たちも多いでしょうが、田舎暮らしを選ぶ彼等は昔のような「マナー・ハウス」や「カントリー・ハウス」に住んで、村人との付き合いを大事にし、時には中心的存在として、結果的に、自分の住む「田舎」を守り・維持していく。
D夫妻はそういう日々の活動の中に「チャリティ」を組み込んでいて、ミセスは、毎日何十も電子メールでの連絡や相談が入り、その対応に追われると語ります。

「チャリティ」の中には、貧しい子供たちのための奨学金基金運営や、近くの中核都市であるリンカーンにある大聖堂の活動支援などがあるようです。

また、その都度スポット的に企画するものもあります。
例えば、2011年3月11日の東日本大震災の際には、ミセスが日本人だということもあって、夫妻が企画して、半年後に「チャリティ・コンサート」を実施しました。
ロンドンから日本人のピアニストを招いて、リンカーン大聖堂内にある美しいチャペルで開催されて、売り上げは日本大使館経由寄付されました。

そう言えば、戦争前の日本にも、田舎には「地主」と「小作人」という身分社会でした。
戦後の民主化の中で農地改革が実施され、そういう関係は封建的だとして無くなりました。もちろん悪徳地主に泣く小作人も多くいたことでしょう。こういう旧い上下関係と身分の違いからなる人間関係は無くなって当然でしょう。

しかし、必ずしも「強欲地主」だけではなく、相互に依存しあう、ある種の信頼に支えられた人間関係もあったのではないか。

英国をほんの少し覗いただけで訳知り顔に言うのは注意しないといけないと思います。
しかし、この国は、いまもこういう旧い、階級制度が生きている、同時に世界でももっとも歴史の古い、優れた議会制民主主義を長く維持している。国民は、自由と民主主義を何よりも尊い価値だと確信し、同時に、今年9月ヴィクトリア女王の在位を抜いて史上最長となったエリザベス女王の人気は抜群に高い・・・・

まことに不思議な国だと感じています。
そしておそらくはこれが、自由と民主主義も王制・貴族制・階級制度もそして「田舎」の良さもすべて断固として守り、かつ共存させるという決意がつまり「保守」ということではないか。
そう言えば、政治の世界でも、いま政党で「保守党」と名乗っているのは主要国では英国だけではないでしょうか?
英国においてのみ「保守(conservative)であること」が人々に訴える力を持っていると言えるのではないでしょうか。


4. 田舎について補足すれば、いま日本では「地方の荒廃」が問題で、そういう事態に対応すべく「地方創生」担当の大臣まで置いて、中央政府が音頭を取って何とかしようとしている。

他方で、英国では、おそらく、「田舎」はいまも魅力ある存在であり、そこには古くからの村人と同時に、彼等の中に入り、一緒に「田舎」を愛し守っていこうとする「アッパー・クラス」の人たちもいる。
行政だけではなく、そういう人たちのボランティア精神で田舎を支えているという「心構え」と「伝統」がまだこの国には多少なりとも残っているのだろうなと感じました。

4. 最後に、先ほど紹介したお雪さんの感想について補足すれば、
だからと言って、「田舎」に暮らす人たちが「ウェット」な人間関係を大事にしているかというと、そんなことは無さそうです。

お雪さんが言うように「他人のことは構わない(しかし他人のことを構う)」、それぞれが自分流に孤独に生きていく、そういう距離感を大切にした生き方が、都会だけではなく、田舎でも存在しているのだろうと思います。だからこそ、「田舎暮らしは」、寂しいかもしれないけど息苦しくは無いのだろうな、と思いました。