京都:披講と『砂漠の青がとける夜』

1. 7月11日から京都に2泊して水曜日に帰京しました。
祇園祭のハイライト、17日の山鉾巡行にあわせて鉾や山が立ち始めていました。

主目的は叔父・叔母の霊祭出席であり、古くから続く「和歌」の家なので、神主さんの祝詞に続いて、参列者の玉串奉奠の前に、家族のつくった和歌を当主以下5人で声に出して詠みあげる「披講」の儀式がありました。
「懐旧」と題する7首で、例えば夫妻の歌は以下の通りです。

――若き日を共に過ごせし年月そいまなつかしき袖の玉露

――過ぎ去りし日々なつかしきこの庭の松の下葉に父母の影


私は学がないので「和歌」と「短歌」の違いはよく分かりません。
たぶん、「和歌」は日本の伝統をひきつぐ「型」の文化なのだろうと理解しています。


従妹に言わせると、いま宮中の「歌会始め」で天皇皇后以下皆さんが歌われるのは「短歌」で、毎月この家で継承している歌会で詠まれるのが「和歌」だそうです。
後者についてはある座談会でこんなことを言っています。


「今の短歌というのは、近代の“文学”に位置づけられる、個の確立というか、私とあなたはいかに違うかを詠むわけですが、私どもの歌会はそうじゃないんです。
 例えばお正月でしたら、新春の題が出ます。そうしたら、正月だから春が来て、うれしいというのが大前提になります。
春が来ても・・・私はうれしくないと詠むのも、今の短歌だったら全く構わないわけですけれども、私どもでしたら、それはいけなくて、とにかくめでたい題が出たら、自分がどんなに悲しくても、喜びを詠むんです。


・・・ですから、詠み方というのが、例えば春だったら、梅には鶯と決まっていまして、・・・野原は若菜だし、立春の後は淡雪と詠む。そういう日本語が持ってきた伝統的な四季のイメージの世界を詠む歌会なんですけど、それが続いています。」


これに応えて、田辺聖子さんが
「伝統を受け継ぎながら、みんなが同じように感動を共有し合う。そういうやり方も一種の文化ですね。現代の個の芸術とはまた違った文化ですね」と語り、
「梅に鶯というのはほんとうに陳腐ですし、梅に鶯が聞こえて喜ばなくてもいいわけですけれども、それを喜ぶというのが、ほんとうに日本人らしい・・・」と応じます。

この座談会では、
「和歌はやっぱり、耳から聞いて理解するもの、だから朗詠が大事」
「いい歌は自然に覚えられる。ですから、やっぱり「百人一首」の歌はいいんですよ」

といった発言もあり、それらの会話を思い出しながら、披講を聞いていました。


2. 「近代文学が、個の確立であり、私とあなたはいかに違うか」を表現するものだと
う言い方は分かりやすいなと思いながら、
若い女性が書いた『砂漠の青がとける夜』という小説を読み終えたばかりです。
著者の中村理聖(りさと)さんは京都在住、まだ30歳になったばかりでしょうか。
2014年の小説すばる新人賞の受賞作。
実は、京都で行きつけの、居心地の良い割烹で2日続けて飲みました。
殆どが常連の集まる店で、中村さんも最近常連になったようで、カウンターの隣同士になり、女将に紹介されてしばらく話をしました。


「どんな小説家が好きか?」と訊いたところ、大岡昇平の「野火」と答えたので、ちょっと驚き、かつ真っ当な作家だなと感じました。
「海外では?」と訊いたら「ポール・オースター」という紐育を舞台にした作品を書く小説家の名前があがりました。私のような老人であれば、紐育といえば、スコット・フィッジェラルドやJ.D.サリンジャーになりますが、やはり世代の違いもあり、若い人の感性でしょう。


小説を書く人はたぶん人間に興味があって、彼女も私のことをいろいろ訊いてくる。日本の老人が、ポール・オースターの名前を知っている、変わった人だと思ったらしく「どんな仕事をしていたか?」といった質問が出て来る。

ところが私の方も「新人賞をとった若い女性作家」という存在に興味があって、彼女の質問は適当にはぐらかして、もっぱらこちらからの質問が多くなる。


そのやりとりが我ながら面白かったです。
ということで、受賞作に興味があって、帰京して早速、渋谷の丸善ジュンク堂に行き、書棚に1冊あった本書を買って読み終わりました。
若い現代作家の、おまけに女性の小説というのは、殆ど読んだことがありませんが、なかなか面白かったです。

(1)大正の終わりに川端康成横光利一など「新感覚派」といわれる作家がいました。
彼女の小説は「新々感覚派」とでも呼んでよいのではないか、と感じました。

(2) 声に出して読むと気持ちのよい文章です。
たとえば終わりの方に、こんな1節があります。

―――・・・私は奈々子姉ちゃんの「仕事が好きだ」という思いは偉大だと思った。それと同時に、自分の無力さや不満を甘受して、それでも「この仕事で生きてゆく」と思い、たなかさんに寄り添おうとする織田さんも偉大だと思った。その二つが、たなかさんのすべてとは言えなくても、飢えのある一部分を救ったのだと思う ―――

この部分だけ読んでも何のことか分らないでしょうが、小説はこんな風に、物語の展開よりも、エピソードを提示し、それに対する思いや意識の流れを語っていきます。


(3)エピソードとは、記憶・過去そして現在の断片的な物語ですが、小説はそれぞれの痛みに深く踏み込むことなく、全てが意識の底に流れていきます。
素直な・嫌味のない文章で、これも1つの「型」でしょう。

(4) 13歳の・ちょっと変わった少年準君の存在など、ある意味で「月並み」な「作法」(準君が外の世界に対して「閉じ」ているのに、語り手「私」には心を開くあたり)を感じますが、この「月並み」と淡色の文章で、それが舞台の京都という街にあっているのではないか。

もちろん、この小説は「個の確立」を大事にする「近代文学」の1つでしょうが、他方で私が感じた「型」とか「月並み」は、むしろ日本文化の伝統の「和歌」にも通じるように思いました。


(5)題名の『砂漠の青がとける夜』というのは、最後を読むと、なるほどそういう意味かとわかる仕掛けです。

地味でもあり、読者の好みが分れるかもしれませんが、私の読後感はとてもよく、これからも素敵な小説を書いていってほしいな、と期待しています。

最後に蛇足ですが、渋谷の丸善ジュンク堂には、ほほ3日に1度ぐらい行くのですが、ここには私の本がまだ1冊置いてあります。京都の株式会社カスタネットを経営する植木さんとの共著ですが、2011年に出した古い本がまだ書棚に並んでいるので、有難く思っています。ごくごくたまに買ってくれる人がいるのでしょう。