詩集「わが涙滂々――原発にふるさとを追われて」

1. 前回のブログでは雑誌「道標」に文章を載せている友人を紹介しました。

ほぼ同世代の仲間の中には、文章だけでなく、絵を描いたり、合唱を続けたり、漢詩をつくったり、民謡や詩吟を教えたり・歌ったりと多才な人たちが居て、元気に活動しています。

まとまった文章を見せて頂いたらできるだけ感想を書いて返事するようにし、絵の展覧会には本人が会場にいる時間に訪れて話しあうようにしています。

某君は、先般、絵画グループの展覧会(於:世田谷美術館)に6点も出品しました。
うち「御射鹿池」と「安曇野にて」の2点は、夏に蓼科高原に来てくれたときに連れていった場所を題材にしたものです。
前者は、東山魁夷が描いたことで知られる山間の静かな湖。
後者は教会のような建築で知られる碌山美術館の庭に日があたる光景で、訪れた友人たちからはこの絵がいちばん好評だった、と聞きました。


2.「道標」の友人からはブログを読んでくれてメールが来ました。
引用したロバート・ブラウニングの詩
「時は春、日は朝(あした)、朝(あした)は7時・・・・
揚げ雲雀なのりいで、蝸牛枝に這い、
神そらにしろしめす、 すべて世は事もなし」について、
「今週の6日、雲雀の初鳴きを確認しました。まさしく名告りいでたのでしょうか?」
と書いてこられました。

この詩の明るさは気持よいですが、いまは「すべて世は事もなし」と言えないのが辛いですね。同氏も以下のように続けています。
―――福島難民が各地でイジメに遭っている。・・・・
「難問」を生きている、生きざるを得ない人々をケガレたもののように忌避して、己れの安全だけを願ってしまう本能のようなものが日本人・日本社会にはありますね。
・・・・――

3. 雑誌「あとらす」を発行している西田書店からは、新刊の本が送られました。
詩集「わが涙滂々(ぼうぼう)(抄)、原発にふるさとを追われて」とあり、原文とその英訳が並んでいます。

この詩集はすでに2013年に西田書店から出ていますが、今回は一部を英訳した人がいて両方を載せて新たな本にしたものです。

例えばこんな詩です。
「草茫々 我が家茫々 軒先を埋め尽くして茫々
かっての昔 子たち孫たちの歓声はね返り
バーベキューのたき火燃え盛った
その庭に 生きて暮らした思い出消えやらぬ その庭先に、
草茫々 ふるさと亡々 わが涙滂々・・・・・」


4. 2013年の著書から著者の小島力さんを紹介すると、

「1935年東京世田谷に生まれ、母の生家(福島県)に疎開
戦後、開拓農民となった父に伴って同県、葛尾村に移住。同村の郵便局に就職し、反原発運動、労働運動に関わるかたわら、詩作活動をつづける。
2011年3月12日、原発事故により避難生活に入る。現在武蔵野市の都営住宅に移り、
詩作・音楽運動をつづけながら、被災者救済運動を立ち上げ、活動中。」


そして、こんなことも ――
「3人の子供と8人の孫たちは夏・冬休みは勿論、ゴールデンウィークや秋の連休などにも頻繁に帰郷しては、山の暮らしになじんできました。
春の山菜や秋の筍も、採れれば早速孫たちに送りました。
定年になったら福島に帰ると言って、家を建てる場所まで選定していた子供もいました。
今回の原発事故は、ふるさとの地に住む老夫婦の残りの人生を踏みにじってしまったばかりでなく、子供たちや孫のふるさとまでも、根こそぎ奪い取ってしまったのです」

長年、自ら反対運動に関わってきた人だけに、いっそう辛い思いがあるでしょう。
しかし同氏はこうも書きます。(2013年3月6日)

「 私が住んでいた地域は、原発から直線距離で25キロほどの地域にあります。
・・・・俗に原発マネーといわれる交付金も、おこぼれ程度にしか廻ってこなかった、山間僻地の小村です。
しかし一旦事故が起きてしまえば・・・その被害だけは全地域に及び、原発に反対した人も賛成した人も、共に等しく被災者となる・・・
つまり今の状況は、被害者である全住民と、加害者である政府・東京電力が明確に分離・対立している。この関係、この構図を、正しくとらえる必要があると考えています。」


紹介する紙数がないのが残念ですが他にも心に残る詩がたくさんあります。
しかもすでに30年も前から原発で働く労働者の苛酷な日々などを詩にしてこられました。
こんな一節もあります。
―――「いつの時にか この巨大な原子炉建屋が 累々と崩れ落ち 苔むす日があろうか」(1983年作)
まさに、いまを予言するような言葉です。


5. そして、この度、小島さんの詩を英訳した女性(野田説子さん)がいて、西田書店が本にしました。
野田さんは「あとがき」にこう書いています。

――「2013年の春、この本を頂いた。・・・早速、私の住む狛江市で8月に実施している「こまえ平和フェスタ」に小島さんを講演者としてお招きした。・・・
さらにもっと多くの人々に彼の詩を読んでほしいと思い、この本を英訳することにした。原発の問題は、日本のみならず世界のすべての国に住む人々とその子孫の生命に関わることだからである」
――そして小島さんが指摘する、除染や補償や避難地域見直しの問題点についても紹介しています。

西田書店の編集長から頂いた手紙にはこうありました。
―――「フクシマの実態を世界に知らしめるささやかな営みでありながら、その意味は小さなものではない、と著者、訳者ともども考えています。」


今回も採算は度外視して取り組んだであろう、野田・西田書店両者の心意気と努力と良心に、深く敬意を表するものです。

最後に、前掲の詩の英訳は以下の通りです。
Rampant weeds !
Weeds surrounding our house
Burying the eaves

In the garden where the voices of
Our children and grandchildren used to resound----
Barbeque on the fire, joyful chatter---
In the garden, where we used to have a good time
And memories of the lives we have lived never fade,

Rampant weeds!
My homeland is disappearing
My tears flow endlessly