1.山口さん、柳居子さん、コメント有難うございます。
ご友人にもお嬢様の出産の手伝いに海外に行かれる方が居られる由、我が家だけではないのですね。「主婦に定年なし」もご指摘の通り、専業主婦は立派な仕事、亭主の年収の半分は堂々と受け取る権利があるとかねてから考えています。
6歳から母子家庭で育ったせいか、出産・子育てを含めて女性の存在の大きさをずっと意識して生きてきました。
おまけに母親は働いて育ててくれた訳で感謝しかありません。
2. 柳居子さん、「閑中、雅もあり」とは良い言葉ですが、1回雅楽を聴きに行っただけですから自慢にもなりません。
しかし、1時間半じっくり、管弦と舞楽を観賞して、素人ながら素敵な時間を過ごしました。
とくに最後に演じた舞楽「狛鉾」はいちばんよかったです。鉾を持ちながら4人でゆったりと舞うのですが、実に優美です。笛と太鼓と鼓だけの(弦楽器を使わない)短調の旋律も快いです。時間の流れが日々の私の「時間」とはまるで違います。
当日は立ち見の人もいて超満員でした。2時半開始の1時間前から入場可能ですが、私は遅れて15分前に入ったのですが、すでにほぼ満席でした。自由席ですが、たまたま最前列に1つだけ席が空いており、係員がそこに誘導してくれ、ごく近くで見ることが出来ました。入場券には紹介者の名前が記載されており、これが効いたのかもしれません。
因みに、「雅」とは何を意味するか、よく分かりませんが、たまたま今再読している辻邦生の『西行花伝』にはこんな言葉があります。鳥羽院四天王の一人、源重実が若い西行(北面の武士・佐藤義清)に言ってきかせる言葉です。
―――「雅であるとは、この世の花を楽しむ心だ。・・・・
この世を楽しむには、まず留まることが必要なのだ。・・・矢を射ることそのことが好きな人、当れば嬉しいが、当らなくても嬉しい人、そういう人こそが、留まる人、つまり雅である人だ」。
3.例によって駒場の東大図書館やカフェでも、それなりにゆっくりした時間を過ごします。
前回は、最近の「エコノミスト」誌の日本関連の記事がレベルが低いと書きました。
最新の4月21日号も日本の記事が載っています。「日本の政治、派閥の逆襲」という見出しですが、政治と言っても、首相の三選がどうなるかという政局の話で、日本の新聞記事から拾ってきただけでしょう。
これは推測ですが、同誌は日本支社に優秀なスタッフを置かなくなったのではないか。
一つだけ面白いと思ったのは、自民党という党名について皮肉っていることで、こう書いています。
「自民党(リベラル・デモクラティック・パーティ)について昔から言われているジョークがある。
それは、この党は「リベラルでもなく(逆に権威主義的・国家主義的な傾向があり)、民主的でもなく(1955年以来たった4年間を除いて、首相を送りだす最大与党だった)、
ましてパーティ(政党)とも言えない組織だというジョークである・・・・」。
これは確かに、不思議な国だと思う人が多いでしょうね。
しかも20代・30代の若者の支持が高いというのも不思議です。チャーチルの言葉を思い出すまでもなく、英国であれば(イートンやハーローで育った貴族や上流階級の子弟を別にすれば)、リベラルであることが若者の誇りでしょう。
ついでに、英国の著名な批評家で、「ブラウン神父シリーズ」の推理小説の作者としてもよく知られたG.K.チェスタトンの皮肉一杯の警句も思い出しました。
―――「民主主義には、豊かで立派な長所が百もある。ただし、たったひとつだけ、とんでもない欠点がある――民主的ではないという欠点が。」(チェスタトン著作集『チャールズ・ディケンズ』から)。
イギリス人は、こういう皮肉っぽい物言いが大好きな国民です。
4.あとは雑用を処理したり、桜の老木から毎日のように落ちる枯れ葉の掃除をしたりする日々。
某日、近くの銀行の支店に、古い通帳が一杯になったので、新しいのを貰いに行きました。
銀行の窓口に行くのは数年に1度ぐらいの久しぶりですが(ほとんど用事はATMで済みます)、若い窓口嬢が「銀行の名前が変わった新しい通帳です」と言って渡してくれました。
確かに、「さらば東京」、通帳の名前からももちろん「東京」は消えています。
眺めながら、家人がロンドンに発つ前日に、二人で出掛けた、旧職場の同期会のことを思い出しました。
同期入行の大卒男性諸兄は毎月集まっていますが、ホテルでの華やかな会合は年に1回の、ご夫人にも、物故者の未亡人の方にも声を掛けての総会です。
多くの人にとって、豪華ホテルでの食事というのは、この時を措いてなかなか機会がないのではないか。私も昨年の総会以来です。
当日は、計30人、うち男性17人、女性13人。
私ともう一人、夫婦合わせて4人で幹事を相務めました。11時半、受付開始で、12時から昼食会がスタート、それまでは「ウェルカム・ドリンク」と称して、立って飲みながら談笑するのですが、この日、何と、皆早々と現れて11時35分には全員が集まってしまいました。
あわててホテル側と交渉して、10分繰り上げて食事会を開始。
各テーブルに座って、食事・歓談をしつつ、何人かに喋ってもらいます。
議事進行が幹事としてもっとも気を遣うところで、「簡潔に、時間厳守で」スピーチをお願いするのですが、さすが皆さん、洗練されていて、時間通りに、短く・面白いスピーチが続きます。女性は予め依頼しておらず、遠慮していたのですが、手をあげて、要領良く喋る人が居て、感心もしましたし、幹事としては嬉しいことです。
歌を披露する人も居て、某君は、銀行名から「東京」の名前が4月から消えたことを踏まえて、「昔の名前で出ています」という昔流行った歌謡曲の替え歌を披露してくれました。
「ハマに居たときにゃ、「正金」と名乗ったの〜〜♪」で始まる替え歌です。
戦前は、横浜に本店を置き、横浜正金銀行という名前でした。戦後も海外拠点での活動が中心で、海外での「バンク・オブ・トーキョー」という名前の方がはるかによく知られていました。
そのせいもあるのかどうか、OBになっても夫婦連れで集まることが多いです。
物故者(同期45名中10名)の未亡人も3人、お見えになりました。
こういう職場というのも珍しいかもしれません。
職場結婚が多いということもあるかもしれません。海外で、同じ会社の駐在員同士、夫婦単位で付き合い、助け・助けられる機会が多かったせいもあるかもしれません。
とにかく当時から、「女性行員と奥さんでもっている」と言う人もいましたが、いまでも奥さん連中が元気いっぱいで旦那をリードしている印象です。
これでは、セクハラなんかとても起こりそうもない職場だったのではないか、と懐かしく昔を思いだしました。