オーストラリアの総選挙が面白い

 1.また、先週の日曜日(19日)の話からです。私事ながら、在英国の娘の手伝いに出かけた「空飛ぶ婆や」と呼ばれる家人が2週間ぶりに帰国しました。

東京は老夫婦2人の暮らしにまた戻り、ほっとしているところです。

先週後半から暑くなり、晴れた日は簡単な昼食を、小さな庭にパラソルと椅子・テーブルを出して緑を眺めながら頂きました。庭の隅に4年前に調布の神代植物園で買った薔薇が今年も小さな花を咲かせました。こんなに毎年元気に咲き続けるとは予想外です。

f:id:ksen:20190523095050j:plain2.予想外と言えば、5月18日にオーストラリアで3年ぶりの総選挙が実施されて、与党が勝利しました。今回はその報告です。

豪州は、2大政党が強く、今回も下院150の定員のうち中道右派の自由・国民連合が77議席中道左派労働党が67議席、その他は残り6に過ぎません。

前回の総選挙(2016年)以来、支持率の世論調査ではずっと労働党がリードしており、殆ど全てのメディアが直前まで「野党勝利」を伝えていただけに、予想外の結果でした。

豪州のメディアは「奇跡」と呼び、トランプ勝利・英国のEU離脱国民投票(何れも2016年)と並んで「三大予想外の出来事」と指摘しています。

f:id:ksen:20190518121433j:plainシドニー在住の某さんからメールを貰いましたが、

「2013年に政権交代があり、以後保守連合は、労働党の残していった財政赤字を5年かけて健全化し、その実績をアピールする手堅い現状維持の実用主義型路線。

他方で、6年ぶりの政権奪回をめざす労働党は、若年層が一番の関心を示している環境・エネルギー問題を大きな目玉政策に掲げ、より良い医療、教育、賃金のための支出を増税によってまかなう理想主義路線」

と整理してくれましたが、経済重視の現実路線の選択が理想主義を上回ったということでしょうか。

他方でリベラルを標榜する英国エコノミスト誌は、与党勝利なら豪州の気候変動への取り組みがさらに遅れると懸念を表明しています。

豪州は平均気温が上がり、昨年の夏(日本の冬)は災害も多く、干ばつや日照りで農業・牧畜業などが大きな被害を受けました。エネルギーを石炭に依存するため、人口あたりのCO2排出量は先進国ではきわめて高い。 

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3.今回の与党勝利について、メディアは3つの勝因をあげています。

(1)昨年夏に自由党の党大会で前首相ターンブルに挑戦して首相の座をかちとったスコット・モリソン首相が初めて総選挙で国民の信任を得たわけだが、彼のキャラクターを売り込む戦術がうまかった。

「スコモリ(ScoMori)という愛称で呼ばれ、いつでもどこでも野球帽をかぶって現われ、庶民的、気さくなおじさん、いかにもオーストラリア人らしい陽気なイメージを売り込んだ。

「何て素晴らしい(How good is~)」をキャッチフレーズにして、勝利確定直後のツイッターでも、「オーストラリア(人)は何と素晴らしい(How good is Australia!How good are Australians!)と祝った。選挙中も「オーストラリアは世界でいちばん」と繰り返し、国民の自尊心を掻き立てた。

(2)政策論争において、労働党は自らの政策を強く訴えたのに対して、与党はそれが「大きな政府」路線につながることを攻撃し、自らの政策の弱点については触れなかった(気候温暖化、エネルギー対策、先住民対策などの遅れ)

(3)そして、経済に力点を置いた。過去28年間、一度も景気後退のない、常にプラス成長の経済(先進国では豪州だけ)をこれからも維持できるのは我々だと経済運営能力の高さを訴えた。

例えば、大規模な石炭鉱山の開発にインド資本が乗り出すプロジェクトについて、環境破壊を懸念する野党に対して、雇用が増えるメリットを主張した。 

4.というのが今回の豪州の総選挙の総括です。以下、感想になります。

(1)選挙で予想が外れるというのは、やはり面白い。例えば、日本でも予想外の結果になる選挙があり得るだろうかと考えてしまう。

(2)二大政党制が機能しているという印象を受ける。今回は与党が過半数を守ったが、最後まで野党の優位が予想されていたように、いつも接戦になり、政権交代の可能性と緊張感が常に存在し、与野党とも政策論議を真剣に行う。

この点は、日本は論外だが、例えば英国でもEU離脱をめぐる混迷から、小政党が生まれて従来の「保守・労働」の構図が変わってきている様相と比べても、安定した民主主義が機能しているといえるのではないか。

(3)そして、その二大政党制が、アメリカのような「世論の大きな分断」をひき起こしていない。

もちろん与野党の政策の差はあるが、両方ともに「中道右派」「中道左派」と呼ばれるように、両極化するよりも「中道」が軸になっている。トランプ以後のアメリカとの大きな違いである。

f:id:ksen:20190518121426j:plain5.このような政治社会の状況の背景には、この国の選挙制度があるというのはよく言われることです。

前にも紹介したことがありますが、

(1)総選挙に投票することは国民の義務であり、強制される。正当な理由がなくて投票

しなかった場合は、罰金を払わされる(20豪ドル、約1700円だそうです)。

従って投票率は毎回90%を超える。

(2)ということもあって、選挙はある種の「お祭り」的な雰囲気を帯びる。学校や教会などに設定される投票所の周りには、ボランティアによる屋台が設置されて、ホットドッグが提供される。

某さんからも、「子供連れ、犬連れとファミリーできている人たちも多く、小さい時から親が投票をする姿を見て育った子供達は、自然と選挙日には選挙をするということが身につくのではないかと思いました」とありました。

(2)単純多数決ではなく、「優先順位付き連記制」であること。投票者は候補者1人を選ぶのではなく、全ての候補者に優先順位をつけて投票する。

(3)このような選挙の効果として指摘されるのは、

・強制であることから、低所得層や少数民族投票率を上げることができる(黒人やラテン系や若者の投票率の低さがアメリカの選挙ではいつも大きな話題になる)。

・この結果、少数派や低所得者の意向も反映されやすくなる。

・しかし同時に、二大政党は、自分たちのコアな支持層に訴えるだけでは選挙に勝てない。トランプのように「何より味方を大事に、敵を徹底的に叩く」戦略は効果的でない。従って双方ともに政策は「中道」寄りになる。

f:id:ksen:20190523103335j:plain6.ということをいろいろ考えると、スコモリ首相が言うように、豪州が「How good is~」かどうか、「世界でいちばん」かどうかは分かりませんが、なかなか魅力のある国だなと改めて感じます。

昔から「ラッキー・カントリー(幸運な国)」というのがこの国の代名詞ですが、先ほど紹介した在豪の日本人某さんからも、こんな感想をもらいました。

―「オーストラリアの現在の繁栄は移民政策が成功している賜物で、多民族国家としてま全く問題がないわけではありませんが、全体的に穏やかで平和な社会を築いているように感じています。

そして、オーストラリアの福祉政策は本当に行き届いていて、国民はたいへん恵まれていると思うのですが、オーストラリア人はそれをあまり感じていないのが気になります。

 この国は、ラッキー・カントリーであるだけではなく、クレバー・カントリーでもあるなあと感じています。」―

 もちろん豪州にも課題はたくさんあります。

前述した気候変動問題、移民政策、対中国政策など。中国問題については、3月17日ブログで『静かなる侵略、Silent Invasion, China’s influence in Australia』という本を紹介しました。https://ksen.hatenablog.com/entry/2019/03/17/075519

 これから豪州はこれらの課題にどのように取り組んでいくか、興味を持っています。