1.今回も『総理の夫First Gentleman』を読みながら考えたことです。
まずは、女性首相・相馬凛子はいかにして誕生したか?
(1)長年の与党民権党の結束に陰りがみえて、党内の保守派と原九郎率いる改革派とが分裂する。
(2)原は、自分の勢力を引き連れて民権党を離脱し、民心党を立ち上げる。
その上で、野党が共同で提出した政府の不信任案に賛成し、不信任は可決されて、議会は解散、総選挙となる。
(3) 選挙で、民心党は80議席を獲得して、野党第一党になる。
原九郎は、野党四党をまとめて議会の多数を確保する。自らは当面は裏方として動き、首相候補に、10議席しかない弱小野党の党首相馬凛子のスター性に目をつけて担ぎ出す。
(4) 彼女が首相に選出され、民権党は野党に転落、晴れて連立政権が誕生する。
(5) 相馬新首相は、真摯に変化と改革を訴えて国民の高い支持も得て順調にスタートするが、何れ自分が総理になるつもりの原は面白くない・・・・
2. このように『総理の夫』では、初の女性総理の誕生は政権交代とセットで実現します。
(1)いま自民党総裁選に女性の候補者も出ていますが、小説とは経緯がまるで異なります。
(2) 相馬新首相の魅力は、「変化と改革」を訴えて、野党から登場することにあります。
彼女は、原九郎にこう訴えます。
ーー「だいたい、民権党の一党支配が長すぎるのです。もう二十年以上も与党だなんて、正常な民主主義政治が行われているとはとても言えない。適度な政権交代が為されなければ、なれ合いと腐敗がまん延する。そのとばっちりは国民が受けるんです」
「ごもっとも」と原氏。お隣りの夫人も、にこにこしている。ーー
(3) 言うまでもなく、議院内閣制は、国民すべての利益や意見を代表しているわけではなく、相対的多数による権力支配にも拘わらず権力のコントロールが難しいという本質的な欠陥を抱えており、「不完全なシステム」です。
「それなのに、英国の議院内閣制が機能し、正当化されえたのは、競い合う二大政党による政権交代などがあればこそであった」。
相馬凛子も、彼女を小説に登場させた原田さんも、そのことをよく理解しています。
3.相馬凛子を現実の政治家と比較するとすれば、やはりニュージーランドのジャシンダ・アーダーン首相でしょう。彼女も政権交代の結果、登場しました。
(1) アーダーンが36歳で首相になったのは2017年です。原田さんはその4年前に本作を刊行しました。
(2) 二人のどこが似ているかというと、
・アーダーンは、労働党の支持率低迷の責任をとって前任者が辞めたあと、新鮮さをかわれて党首に選ばれる。
・労働党は、その年の総選挙で第二党になるが、第一党の与党国民党も過半数を取れず、中道左派の労働党が何と右派のNZファースト党と連立を組んで、アーダーンが首相に選ばれる。
・しかも、3年後の2020年の2回目の選挙では、コロナ対策等への信頼もあって、労働党の大勝利、第一党となり、本来のリベラル路線に注力できるようになる。
・相馬凛子の場合も、他の野党との連立で首相になり、1年後の選挙で大勝利となり、第一党に躍り出る。
(2) おまけに話題性においても似ている。
・人口5百万人の小さな国の女性リーダーがテロ対策でも名をあげ、世界に注目されてタイム誌やヴォーグ誌の表紙を飾った。
(相馬凛子も「タイム誌の表紙に登場した」と小説にある)
・「総理の夫」の相馬日和クンについては前回触れた。アーダーン首相の「夫」も写真で見るといかにも好人物のようで、献身的に妻を支えている。
・アーダーンは、首相就任後2か月で妊娠を公表し、6月に出産後の産休を取り、おまけに秋の最初の国連総会に赤ちゃんを連れて出席し、話題を集めた。
(『総理の夫』でも最後に、凛子が妊娠を発表する場面がある。その先はないが、あれば凛子が赤ちゃんを連れて総会に出席する話まで原田さんは書いたかもしれない)。
(3) 唯一最大の違いは、超インテリで富裕な相馬凛子に対して、父親は田舎町の警察官で自分は「持ち帰り料理店の店員だった」アーダーンが掛け値なしの庶民派だということでしょう。
その点を除けば、まるでその後の現実世界のアーダーン首相を見ているような気がします。
原田さんには未来を見る力があるかもしれませんね。