蓼科で過ごす夏の日々と、後を継ぐ人たち

1.当地もぐずついた天気が続き、一向に夏らしくありません。農作物の出来が心配です。お陰で、例年より人出が少なく散歩をしても人より鹿に出会う方が多いです。

f:id:ksen:20190710154358j:plainここでは信濃毎日という地方紙を購読していますが、「外国人旅行者伸び悩む諏訪地方」という記事が出ていました。

――訪日外国人旅行者が急増する中、長野全体では増えているものの、(私の住む茅野を含む)諏訪地方は伸び悩み、観光関係者から「取り残されてしまう」との声が出ているー

交通アクセスの悪さも原因の1つかもしれません。

茅野・岡谷・松本を通る中央本線は、新宿から茅野駅を過ぎるとまだ単線です。東京から新幹線で行ける軽井沢や長野とは大きな違いです。

私たちのように人を避けて静けさを求めてやってくる隠遁組は有難いですが、観光客をあてにしているビジネスにとっては残念でしょう。

しかし、このぐらいがちょうどいいという地元のビジネス人も少なくないようです。

商売のやり方にもよるかもしれません。

f:id:ksen:20190711155657j:plain2.茅野市の隣の原村は人口7500人ほどの小さな村ですが、財政健全で、人口も増えていて、いまどき珍しいところです。

(1)この地で10年強ペンションを経営しているご夫婦と仲良くしていて、今年も早速お邪魔して、お茶を頂きながらのんびりお喋りをしました。

もと鉄鋼メーカーのサラリーマンで退職後移住しました。花が咲き乱れるきれいな庭を大事にして、宣伝は一切せず、口コミだけでお客を泊めて奥様の手料理も出します。

ロンドンとロスアンゼルスに駐在経験があり、東京の家も処分しての自宅居住兼ペンション経営です。

(2)花を育て、森を愛でる田園生活をエンジョイし、おまけに友人の友人が泊まりに来たりして、東京にいるよりかえってネットワークも拡がって、人間関係も豊かになったそうです。40代の長男も一緒に住んで、村会議員の2期目です。

このご夫婦の場合はまさに、あまり稼がなくてもいい、観光バスで団体客が来て一時的なお金を落とすよりも、いまの穏やかな日々が続くことを願っているようです。

その上で原村が、地道で自足可能なコミュニテイであって欲しいと考えている筈で、村自体も施策を考えているようです。

(3)息子さんも、高齢かつ代々の地元出身者が多い保守的な地方政治の中で若い議員として受け入れられているのは、海外で養った英語力や国際感覚、IT技術力などがかわれているのでしょう。村の再生のために知恵を絞っているようです。

そんな話をいろいろ伺いました。

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ちなみに、原村は、年に1回、クラフト市というイベントをこの時期に実施しています。

調度品、木工品、陶器など手作りの品を作る人たちが全国から集まって、自然文化園という広場を使って3日間直販のお店を開きます。

ささやかながら、日本人の職人芸の腕の見せ所です。

3.「ささやかな職人芸」といえば、食べ物屋の話です。これも常連を相手に小さく堅実にやっているお店が当地にもあります。

(1)私の住まいのあるひなびた山奥とは違って、もう少し開けて観光地らしい蓼科湖にも近い一角に、「黙坊」という蕎麦屋があり、ここがお気に入りです。

映画監督の小津安二郎がかって仕事場にしていた茅葺の「無藝荘」がいまも残っていて誰でも中を見ることが出来ますが、その近くです。

(2)メニューは、もりそば(冬は暖かいつゆに入れる「とうじ」そばが加わる)とそばがきと酒しかありません、10人ぐらいしか入れません、昼だけしかやっていません、ご主人と(最近は息子さんも修業を始めた)おかみさんだけでやっている小さなお店です。

すぐ満席になってしまいますから、夏休みの時期は我々は敬遠して行きませんが、先週はまだ空いていて、平日11時過ぎの客は家人と2人だけでした。

(3)カウンターで、珍しく他にお客がいないのでおかみさんとお喋りを楽しみました。

無口な主人が黙ってそばを打ち、陽気で明るいおかみさんが客をもてなす、典型的な「小さな飲食店」の風景です。

主に夏で蓼科で会うだけの友人夫婦がいて、やはりここの常連で「5月の連休に来られたとき、愛犬が亡くなったといって嘆いていましたよ」という話をおかみさんから聞きました。

「それにしても、犬が「亡くなった」時代になったんですね」と3人で話しながら、びっくりして家人がすぐに奥様にメールでお悔やみを入れました。

こういう情報が友人直接ではなく、通い慣れた店から入るのも面白いです。

f:id:ksen:20190704111658j:plain(4)「黙坊」とは祖父の雅号で彼が始めた店でしょう、俳人でもあったようで、夏には昔は文人が訪れたようです。壁には、「また、来たよ」という昭和時代の詩人・草野心平の揮ごうが(揮ごうはこれ1つですが)あります。

いまのご主人も詩文や絵が好きなようで、店内に好きな絵が飾ってありますが、今回は新しく増えていて、斎藤真一の「三人の“瞽女(ごぜ)”」の絵でした。

斎藤真一は「三味線を手に、唄をうたい、一年の大半を旅に暮らした目の不自由な瞽女たちの喜びや悲しみを描いた画家」と言われます。

f:id:ksen:20190704111546j:plain飾っている絵を見て、こういう絵が好きな人なんだと想像するのもいいものです。

(5)「黙坊」の場合も、店を増やしたり、大きくしたりすることは考えずに、少数のお客を相手に、ほんの少ない決まったメニューを提供し続けていますす。

まだ若い息子さんが後を継いでいて、親御さんも安心でしょう。

4.後を継ぐと言えば、近くにやはり,よく流行るパン屋さんがあります。

(1)ピザも焼いていて、店内で食べられるので、手軽でもあり、夏はたいへんに混んで観光客も入ります。

そんな訳で我々は夏の最盛期は敬遠しますが、お客のまだ少ないこの時期の朝、二人で出かけて、ささやかなブランチを楽しみました。

パンの他にピザも焼いていて、本格的なピザ窯があります。

鉄の窯をイタリアから船で輸入し、上に貼るタイルは家族みんなの手作業で仕上げた由。

窯の中は500度の高熱、ピザはこねてから約2分間で焼き上げる・・・この作業をやはりいま20代の息子さんがやっています。

修業を始めて5年、「いつかは本場のイタリアに行ってみたい」と言っていました。f:id:ksen:20190711101822j:plain(2)さらに付け加えれば、「千年豆腐」という豆腐屋が、畑の真ん中にあります。素朴な田舎屋の自宅の入り口に小さな売り場があって、おいしい手作り豆腐、厚揚げ、おからを売ってくれます。

長年おじいさんが店に出ていましたが、今年は姿を見せず、息子さんに訊いたら「施設に入っています」という返事でした。

息子は奥で、前から豆腐を作っていたのでしょう。店には顔を見せていなかったので、今回初めて話を交わしました。ここも、無事に後継者が育っています

 5.政治家が親も子も受け継ぐという風潮は、個人的にはどうも好きではありません。

政治はマックス・ウェーバーが言うように権力そのものであり、それだけに政治家は、公益に尽くすという一点に生きがいを感じる人なら誰にでも開かれた“オープン”な職業であるべきだと思います。対して地道に修業を積むプロの職人さんが、小さな店を継いでいく姿は気持ちのよいものです。苦労も多いでしょうが。

先週は田舎で、そんな光景を眺めました。

変わることについて、次の世代に継承することについて考えたことでした。