「ソーシャル・ディスタンシング」とニューヨークから

1.東京でも「ソーシャル・ディスタンシング」が当たり前の日々になりました。

 つい10日ほど前までは、冒頭の写真のように桜を楽しむ家族連れが見られました。いま同じ駒場公園には入れますが、ほとんど人気はありません。

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2.とうとうアメリカが感染者で世界一になりました。ニューヨークのセントラル・

パークに急遽こしらえたテントの仮設病院が並んでいる光景をテレビで見るのは、9年住み、働いた懐かしい街だけに悲しいです。

 長男が、集中治療医としてNYの病院に勤務する日本人の友人のフェイスブックを転送してきました。ご存知の方も多いと思いますが、悲痛な叫びです。――

(1)病院は地獄絵の様相。現場は崩壊寸前。

(2)街は、外出禁止令がでてもまだ沢山の人が外出していた。ニューヨーカーの多く

もここまでひどくなることを予測してなかったと思う。

(3)それが、ここ2週間で見る間に患者が増えて病室も人口呼吸器も足りなくなった。

 今自分の目の前に2人、今すぐ人工呼吸器を必要としている患者がいるとする。でも病院にもう一つだけしか人工呼吸器が残っていなかったら?集中治療医としてその決断を迫られた時どうやってその最後の一人を選べというのか。

 ERや病棟で10人も20人もの患者がICUのベッドが空くのを待っている状態で、一つだけICUのベッドが空いた時どうやってその1人の患者を選べばいいのか。

(4) 同僚や看護師も何人もコロナにかかった。私が担当するICUで、いまも彼らが人工呼吸器を装着されて生き延びようとたたかっている。

 今となっては街中の誰が感染していてもおかしくない状態なので、病院は家族との面会も許可していない。患者は孤独にこのウイルスとたたかっている。

(5)毎日休み返上で働いても患者は増える一方で、終わりなき戦いに思えてきて白旗

をあげたくなる。ピークに達するまでまだ時間があり、その頃にはこの病院がどうなっているか想像するだけで恐ろしい。

(6)自分がかからない保証などどこにもなく、ウイルスを病院から家に持ち込んで家族にうつしてしまうことが一番怖い。

(7) 他の街がこんな悲惨な経験をしなくていいように心から願う。外出自粛、辛抱してほしい。

 今この状況になったからこそ気づかされることが沢山ある。家族や友達と会ってお喋りしたりハグしたり買い物に行ったり公園に行ったり、気軽にそうできることって幸せなこと。生きているってそれだけで本当に幸せなこと・・・

3.このメールを読んだのは4月1日(水)ですが、ちょうど読み終えたら、NYの某さんから電話があり、暫く話しました。昔の職場の友人で同地に永住し、セントラルパーク・サウスのアパートに一人で住んでいる70歳の女性です。

 「日本の検査件数は(ドイツなどに比べて)なぜこんなに少ないんだろう?ニューヨークの数週間前の状況に似ているのが何となく心配」と言っていました。

いまは不要不急以外の外出は禁止。今週から、市が65歳以上の高齢者には無料の食料品配達サービスをしてくれることになり、本当に有難い、とも言っていました。

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f:id:ksen:20200401103115j:plain4. こういう「ソーシャル・デスタンシング」の中で、普通の人たちはどうやって日々

を過ごすのでしょうか?

 英国の公共放送BBCの電子版は、新型コロナウィルスに関するさまざまな短い、数分で終わるヴィデオ・メッセージを刻々流しています。

 その中には日本のTVで見た方も多いと思いますが、「世界中の人たちがアパートのバルコニーに出て、奮闘する医療従事者を称えようと、拍手を送る場面」も流しました。英国の王室の幼い子どもたちもいました。

 そういうメッセージの1つに、「ロックダウンから学ぶこと」というのがあります。

イタリアのローマですでに2週間以上、アパートの自宅にロックダウンされている家族(夫婦と息子の3人)を、レポーターが外から取材したものです。

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 3人家族は夫が食糧品の買い物で2回外出した他は、2週間一度も外に出ていない。レポーターは「どういうことが大事ですか?」と尋ね、しばらくやり取りが続きます。格別目新しいアドバイスはありませんが、以下のような返事です。

(1) 毎日、その日の過ごし方を計画するようにしている。

(2)妻は居間に、息子は自分の部屋でオンライン授業に、といった具合に3人が別々

に過ごす時間が大事。

(3)くたびれたら皆集まって、本を読んだり、TVを見たり、ゲームで遊んだりする。運動もする。家族が共に過ごす時間が増えたことが唯一、良いことかもしれない。

――いつまで続くか分かりませんが、「あなたたち勇敢ね。頑張って」とレポーターが励ましていました。

 私たち東京人の多くは、こんなに居住空間が広くないので、もっと難しいかもと思いながら、眺めました。

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5.災難は常に、災難に立ち向かう当事者(今回であれば病人と医療現場の人たち)と

経済的弱者を痛めつけます。強者(権力者、為政者、富裕層など)の多くは、自らの身はそれほど痛まないのではないか。

 だからこそ強者には、当事者と弱者の苦難と痛みをどこまで感じられるか、どうしたら助けられるかの想像力、それをふまえた判断力と「速やかな断固たる行動」が、問われているのだと思います。

 最後に、前述した在NYの女性から、本日早朝届いたメールの一節です。

――「(1)NYではクオモ知事が医療現場が対応できるか否かは「感染をいかに最小限にくい止めるかにかかっており、自宅待機、他人との距離を6フィート(180センチ)以上保つこと」を強く要請しており、その喧伝放送がかまびすしい程です。

(2)ピークは7日─21日後と予想されましたが、当の7日後である4月9日が来週に迫り、クオモ州知事とNY市長の発言にも緊迫感をひしひしと感じます。

 喫緊の課題は 人工呼吸器を想定必要数用意する事で、そのために警察と州兵を動員して、強制的に シェアリング (NY州内の医療機関が私有する人工呼吸器を、必要とする他の病院に貸与)することに踏み切りました。

(3) 今回のことで政府のリーダーシップと役割が如何に重要であるかを身に染みて感じます。クオモ州知事は毎朝一時間近く記者会見を開き、NY州民に対しブリーフィングしますが、それがテレビ(ラジオ)にて Live 放送されます。内容は検査・罹患・死者数を含めた現況報告、専門家(主に医療関係者)の意見、これからの見通し、これから州政府が実行することの予告などです。

 クオモ州知事の発言にはデータに基づいた透明性があり、彼の確固とした自信とリーダーシップに安心感を抱きます」。――

「ソーシャル・ディスタンシング」の中で、アーダーン首相を考える

 

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1.「social distancing(他人と距離を保つ)」と「self isolation(ひとりになる)」という、今まで耳にしなかった2つの英語が、メディアに頻繁に登場するようになりました。この週末は東京も諸外国に近い「外出自粛」になりました。

世界のどこを見ても逃げ場がなくなってきているようで不安ですが、ロンドンからの情報では、

・原則外出禁止。可能な限り在宅勤務。

・レストランやパブも閉鎖。テイクアウトはOKなのでお客は増えている。

・スーパーに物が無くなった。

・英国は食材のデリバリーサービスが発達しているが(アプリで買い物をして自

宅まで届けてくれる。中にはロボットが届けるところもある)、注文が殺到して

2週間待ちの状況。

・ただし、学校も休校というが、システムが出来ているので授業はオンラインでやっている。この点は日本と違う・・・と言っていました。

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2.東大駒場キャンパスも、原則立ち入り禁止となりました。

その前に図書館に行き、「週刊文春」3月26日号のスクープ「森友自殺財務省職員遺書全文公開」のコピーをとって家人に見せたところ、友人に転送していました。

発売当日、この職員の妻が国と佐川元国税庁長官を提訴し、多くの新聞が朝刊の1面トップに報道しました。なぜか東大の図書館には、以前からこの手の週刊誌は「週刊文春」だけが置いてあります。

東京新聞によれば、「53万部が完売した。発売当日から多くの人が買い求め、ツイッターなどに感想を書き込んだ。電車で読んで涙した人もいるという」。

民主主義の根幹である「司法の独立」が果たしてこの国に存在するのかが問われているのではないでしょうか。裁判所も、検察が「証拠不十分(隠滅し、証言も拒否したのだから不十分なのは当然)」で不起訴としたように、同じ理由で「原告敗訴」の判決をするのか。

週刊文春」を始めメディアがこれからもフォローできるか、それ以上に国民の関心が高まるかが左右するのではないか。この国は「外圧」に弱いので期待したいが、この事件はすぐれて国内問題なので、残念ながら海外のメディアの関心は高くないかもしれません。

セクハラ事件の伊藤詩織さんの場合は、「日本にもやっと#Metoo運動が始まったか」という国際的観点から、NY Timesなど海外が大きく取り上げました。外国特派員協会も記者会見に招きました。この事件も検察が(驚くべきことに)不起訴とし、彼女は刑事を諦めて民事で訴え地裁で有罪をかちとりました(被告は上告中)。

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3.ウィルスに戻ると、前回のブログで紹介したメルケル首相のスピーチについては、いろいろコメントを頂きました。

(1)「いまこそ、哲学や倫理の知見を政治にも取り込むべき」と書いた日経記事の紹介(木全さん)、

(2) 大手鉄鋼会社から派遣されて若い頃にドイツ留学をした方の、このスピーチへの高い評価(Masuiさん)・・・・などです。

皆さん、女性の政治リーダーシップにも触れて頂きました。以下、岡村さんのは、

―「ルーブル美術館で「民衆を率いる自由の女神」の絵画を見た時は思わず、「女だてらに」と思いました。(しかしいま)考えれば、子育てを主にする女性が国民を第一に考えて政治を進めるのも不思議じゃないですね。メルケルさんやアーダーンさんのような女性が今に日本にも現れるのではないか」―というコメントです。

 因みに「民衆を率いる自由の女神」は、1830年フランスの7月革命を題材にしたドラクロアの絵です。横に立つ少年の姿も印象的です。『レ・ミゼラブル』に登場する、最後に市街戦で死ぬガブローシュは作者ユーゴーがこの絵にヒントを得たと言われます。

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4.上に出て来る「アーダーンさん」はジャシンダ・アーダーン、ニュージーランドの39歳の女性首相です。就任後最初の国連総会に生まれたての赤ちゃんを連れて登場して話題になりました。夫がかなりの子育てを受け持っているそうです。

彼女は3月26日夜、フェイスブックで直接国民に向けて、「social distancing & self isolation」の措置を説明し、その場でオンラインの質問に応じました。ニュージーランドは人口わずか5百万弱の小国で感染者は400人弱、死者もゼロですが、「これから増えるリスクがある、自宅にいてください。休業補償もします。誰もが互いに助け合って」と訴えました。                

夜遅く自宅からの放映で緑のジャンパ―の普段着姿。「いま子供を寝かせたばかりで、こんな格好で御免なさい」と謝りながら、気軽に質問に応じた様子です。CNNテレビをPC経由見られますが、暖かな人柄がにじみ出る語りかけです。メルケルさんの(英訳ですが)「My fellow citizens (市民の皆さん)」で始まり「お大事にしてください。有難う」で終わる語りにも同じ印象を持ちました。

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5.アーダーン首相については、タイム誌3月9日号が特集記事を組みました。

(1)1年前(2019年3月15日)、ニュージーランドのクライスト・チャーチでテロリストのモスク襲撃があり、イスラム系の51人が殺害された。その時の首相の対応とリーダーシップは世界の称賛を浴びた。

(2)直ちに犠牲者の家族を抱きしめ、彼らの悲しみに耳を傾けた。国民に「They are us(この国に住むイスラムの人たちは私たち)」と呼びかけ、直ちに議会に諮り、銃規制を強化した。断固として犯人の名前を公表せず、ネット企業と各国に働きかけて、彼がネットに投稿した殺害動画を削除させた・・・・等々。

(3)51人にはアフガン、パキスタンバングラ,インドなど様々な国籍の人がいた。

「何を国民に語るか。すぐに考えたのが、ニュージーランドを自分たちの住む場所に選んだ人たちへの圧倒的な気持ちでした。何世代も住み着いていようが、1年前に来たばかりだろうが、ここが棲み処なのです。そう思ったときに「They are us」という言葉を自然にメモに書きつけていました」。

またこうも語る。「この国は小さく、知る人も少なく、遠い国です。そういう私たちが唯一世界にリーダーシップを発信できるのは、モラル(倫理)の大切さなのです」。

(4)彼女は実はこの9月に1期を終え、改選を迎えます。1期目は彼女の労働党は最大多数ではなく、緑の党との連立で辛うじて首相になりました。現時点の世論調査で、彼女自身の支持率は高いが、中道右派の国民党が46%、労働党は41%で、再選は簡単ではない。

しかしタイム誌は、「彼女は、親切は力であり、思いやりは実行でき、包容は可能であることを身をもって示した」と高く評価します。

ニュージーランドは小国であり、いろいろ問題も抱えています。

しかし世界でいちばん最初、1893年に女性参政権を定めた先進国でもあります。

たしかに岡村さんの言うように、「国民を第一に考えるのが政治」(至言ですね)とすれば、女性の政治リーダーの方が向いているのではないでしょうか。

ドイツ・メルケル首相のスピーチとある英国クルーズ船の対応

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1. 新型コロナウィルスについて、ドイツのメルケル首相が18日夜異例のTVスピーチを行い、世界で話題になっています。

「第二次大戦以来の試練」に直面して、国民の連帯を呼びかけました。ドイツ政府の公式サイトから英文で読むことができます。

https://www.bundesregierung.de/breg-en/search/statement-chancellor-1732302

「市民の皆さん~」の呼びかけから、「皆さん自身と愛する人たちを大事に。有難う」で終わる約15分の間に、「民主主義」という言葉を4回も使いました。

「直截で、正直で、思いやりにあふれたメッセージ。まさにリーダーのあるべき姿を示した」とあるアメリカのメディアは評しました。

(1)「いまこそ民主主義とは何かが問われています。まず第一に私たち政府は透明な政治判断をして、それを皆さんに伝えます。次に誰もが参加し、連帯することです」

(2)「真っ先に感謝したいのは医療現場の人たちの献身です。素晴らしい仕事をしている皆に心からのお礼を申し上げます」。

(3)「普段あまり光の当たらない人たちにもお礼を言いたいのです。スーパーマーケットのレジや棚に物品を補充している人たち。私たち仲間のために困難な仕事を続けていることに、本当に有難う」

(4)「封じ込めの施策はもちろん重要で全力を尽くしています。しかし、ウィルスとの戦いでいちばん大事なのは私たち自身です。他人は気にしなくていいのだと一瞬たりとも考えずに、誰もが大事、そのために連帯しなければなりません」

――と語る彼女は、具体的な「助け合い」のあり方にまで言及します。

自らの若い時の東独時代にも触れて、共感にあふれた、格調高い感動的な語りかけです。

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2.メルケルさんの言う「連帯」の一例になるかどうか、次にクルーズ船の報告です。

 と言っても、横浜に寄港したダイヤモンド・クルーズ号ではなく、事情があって、別のクルーズ船に関心を持たざるを得なくなりました。

 フレッド・オルセンという英国の船会社の「ブレーマー号」がカリブ海を航海中、同じようにコロナウィルス感染の疑いのある乗客が見つかりました。

 予定の港への寄港を拒否されてキューババハマ沖にしばらく漂流せざるを得なくなりました。乗客は約680人、乗員は約380人で乗客の多くが英国人です。

 結果的には、船会社が英国政府と緊密迅速に連携し、かつキューバ政府が一時的な寄港をOKし、英国航空が飛行機を3機ハバナに飛ばして(1)健康状態に異常のない乗客全員、(2)感染の疑いのある5人は別の飛行機に乗せて、(3)船は乗員が運行し、乗客は19日無事英国に帰国。(1)は隔離の要なく、2週間の自宅待機になったそうです。

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3 フレッド・オルセン社はホームページに、この出来事を適宜報告しました。

(1) さらに同社のフェイス・ブックのサイトがあり、「ブレーマー号の現状Braemar update」と題して時々刻々、頻繁に状況を伝えました。

 また、フェイス・ブックの特性を生かして、サイトを見ている家族や友人からのコメントや希望・質問などが載り、他の人もその情報を共有することができます。

(2)ここから分かることは、以下のような進展状況です。

・まず会社と英国政府とが緊密に対応を協議しています。感染の疑いのある客は直ちに隔離し、専門の医者が急遽英国から飛んで、送り込まれました。

・その上で、直ちに全員を英国に連れて帰る決定をしました。

・しかも、こういう状況が、フェイスブックを通じて的確に情報発信されました。

・情報の中には、「船上なので乗客との通信に支障が出るが、必ず本人に伝えるから~~に連絡してほしい」といったメッセージも流れます。

 たとえ観光旅行であっても、これがメルケルさんの言う、「誰もが大事」の精神ではないでしょうか。同社の対応には、危機管理のイロハを教えられた感じがします。

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4. フェイスブックを通して心配していた人たちも同様に感じたのでしょう。

 無事に、「飛行機で全員が英国に帰れます。翌々日にはヒースロー空港に到着します」と報じた際には、コメントが殺到しました。安堵と同時に感謝の言葉が多かったです。   例えば、

――「素晴らしいニュースで、ほっとしました。献身的に働いてくれた乗員の皆さん(英雄たち)にはまだまだやるべきことがあるでしょう、ご苦労様。ジョゾ船長には乗客全員の面倒を見て、コミュニケ―ションをよく取ってくれたこと(少なくとも不安を軽くしてくれたこと)に、心から感謝します。あなたは力強い支え(a pillar of strength)です。寄港をOKしてくれたキューバの親切にも感謝します、神の恵みがキューバにあるように。皆さんお元気なことを祈っています~~~」―――

 他に、「他のクルーズ船会社の場合、ここまでの情報提供はない。貴社の対応は素晴らしい」「全員無事に帰ってきてください」「本社の社員もハードワークだったろう。帰国が決まって彼らが涙を流して喜んでいる写真をみて、家族のような雰囲気だと思った」「復帰してクルーズ再開が待ち遠しい」など、さまざまなコメントがありました。

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5. フェイスブックのサイトは英語です。ところが、日本のPCからアクセスするためか、「翻訳」機能がついていて転換すると日本語でも読めます。

 おまけに、このクルーズ船に乗っている日本人は1人しかいません。しかも彼は、観光ではなく仕事で、ゲスト・アーティストとしてピアノ演奏をしました。

 彼は予定の船上でのピアノ演奏を終えたあと、感染の疑いを知った訳です。「長旅になるのでみなの気持ちが沈むのを避けるため、もう一度リサイタルを開けないか考えています。演奏会場に集まってもらうのが無理になったので、無人のホールで演奏して船内テレビで中継してもらい、元気付けることができればと思っています」と語っていたそうです。

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6. この出来事に、いろいろと感じるところがありました。

・船を運行している会社が関係国と緊密な連絡を取って、責任を持って行動する。

・スタッフ(この場合は船長他乗員)と本社の真摯な、心のこもった対応。

・的確かつ正確な情報発信と、現代のインターネット技術を生かして出来る限り双方向  のコミュニケ―ション。

・「よくやってくれた」と心をこめて関係者を称賛すること。

・そして最後に、危機にあたって他者に寛容であること。

―――などの大切さでしょうか。

 振り返って、ダイヤモンド・プリンセス号の場合は、あまりこういう報道はなされなかったように思いますが、やはり同じく、船長以下、船に乗っていた医師や看護婦や乗員は、献身的な努力をしたのではないでしょうか。

この時期出掛ける場所として、墓参と神代植物公園。

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1.今年の3月は、10日は東京大空襲から75年、11日は東北大震災から9年。そしていまは伝染病。13日の読売新聞論説は「21世紀の人類の、感染症との最初の本格的な闘い」と位置付けています。

 東北大震災について東京新聞に、震災で若い父親を亡くした8歳の少女の詩が追悼のシンポジムムで朗読されて涙を誘ったという報道があり、「あいたいよ、パパ」と題した詩の全文が載っていました。

「生まれる前に逝った父へ」の記事によると、父親は当時23歳、宮城県石巻市の自宅付近で津波にのまれた。母親と6日前に結婚式を挙げたばかり。「大丈夫?」、身重の妻を気遣うメールを最後に連絡が途絶えた。

 彼の妹と祖父母がともに死去し、震災の4か月後に生まれた、少女はいま母とその祖父母の実家に暮らしているそうです。

 今回の新型コロナについて、ある友人からのメールに「始まりがあれば きっと終わりもあることでしょう」という言葉がありました。

 その通りだなと思い、少し元気をもらったような気がしました。

 しかし、「終わりもある」、しかしその間に悲劇も起こる、その中には「あいたいよ、パパ」と訴えるような人たちもたくさんいる、と思うと悲しいですね。

 同じ日の同新聞には、75年前の大空襲(約10万人が亡くなった)で親や兄妹を亡くした高齢者の辛い思い出話も載っています。

f:id:ksen:20200315081426j:plain2.そんなことを、家人と散歩をしながら話したり、考えました。

 家に居ることが多いですが、先週は暖かな日が多かったので、家人と墓参りに行き、神代植物公園にも行きました。

 まだ梅も咲いており、「椿とさくらまつり」も始まったばかりで、早咲きの「東海桜」が満開でした。薔薇はもちろんまだですが、手入れの人たちが熱心に働いていました。数か月後が楽しみです。

 この時期、こういう場所に行くのがよさそうです。とくに墓地は、死者とは感染したり・されたりの心配はありません。

 東大駒場の図書館も春休みなので学生も少なく、静かです。キャンパスを歩いていたら近くにお住まいの友人に2度も会いました。彼はバード・ウオッチングが趣味で、キャンパス内の池の近くは格好の観察場所だそうです。良い趣味だなと思いつつ、「お互い、他に行くところがありませんね」と苦笑いをしました。

3.前回は、売れているという、カミュの『ペスト』を紹介しました。

 もちろん「売れている」というのは、日本だけではありません。欧米はそれ以上だそうです。

 3月5日付の英国ガーディアン紙によると、本書は、フランスでもイタリアでも前年の3倍以上売れてベストセラーのリスト入りした、英訳(題名は「The Plague」)はアマゾンの在庫が無くなってしまった、と報じています。

それともう1つ、ディーン・クーンツという作家のホラー小説『闇の奥』が爆発的に売れているとか。本書は、1981年作で、2020年に中国が「武漢400」と名付けた生物兵器を開発するという話が出てくるそうです。たまたま同じ年ということもあって話題になっているようですが、中身は読むほどの本ではなさそうです。

https://indeep.jp/in-1981-powerful-biological-weapon-wuhan-400-is-born/

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4.フェイスブックから友人が「もう一つ話題の小説は、アレッサンドロ・マンゾーニの『いいなづけ』です。イタリアでは教科書にも載る有名小説で17世紀のミラノを襲ったペストに触れた部分があり、邦訳もあります」と教えてくれました。

 また別の友人は「17世紀30年戦争でドイツで蔓延したペストで、バイエルン小村の村人が集まって、キリストの受難を毎年行いますからお救いくださいと祈るや、ぴたりとこのペストがなくなり町は救われたとの伝説があり、4百年後の今も受難劇が行われているオーバーアマガウに想いが行きました。1980年に故辻邦生夫妻と共にこの受難劇を見た想い出があります」という興味深い思い出話を書いてくれました。

 中世の日本だって、伝染病がしばしば蔓延しましたが、祈とう師に祈るぐらいしか手だてはなかったようです。

 しかし、震災や空襲の悲劇を思い起こしても、「神も自然も不公平・不公正、つまり不条理」と考えざるを得ません。だからこそ、せめて人間は、可能な限り「公平かつ公正であろう」と自ら、あるいは連帯して努力するしかない。カミュは『ペスト』を通してそう言いたかったのではないでしょうか。

 彼は、「不条理は、それに同意を与えないかぎりにおいてのみ、意味があるのだ」と語り、主人公の医師リウーは「ペストと戦う唯一の方法は誠実さだ」と語ります。

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5.今回も『ぺスト』から、以下1か所を引用して終わりにします。 

――本書では、ペストが終息に向かう最後の最後になって,タルーが感染したことが分かる。自由人のタルーと医師のリウーとはこの悲劇のなかで親しく会話を交わすようになり、タルーはボランティアの結成の音頭をとってリウーを支援する。

 リウーの母は、「まさか、今になって」とつぶやき、「うちにおいてあげようよ」とリウーに提案する。二人は、患者は隔離病棟に収容しなければならないという規則を破って、自宅でタルーを看護する。

 戦いの夜が沈黙の夜へと移り、タルーは「勝負に負けたのであった」。母子は向き合って、彼の死を弔う。

 ・・・・タルーは勝負に負けたのであったーー自分でいっていたように。しかし、彼、リウーは、いったい何を勝負にかちえたであろうか?彼がかちえたところは、ただ、ペストを知ったこと、そしてそれを思い出すということ、友情を知ったこと、そしてそれを思い出い出すということ、愛情を知り、そしていつの日かそれを思い出すことになるということである。ペストと生とのかけにおいて、およそ人間がかちうることのできたものは、それは知識と記憶であった。おそらくはこれが、勝負に勝つとタルーの呼んでいたところのものなのだーー

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 リウーが黙って母と向き合う場面は印象的です。カミュはいつも寡黙な彼女に名前を与えません。

 女性に対するカミュの態度はこの小説の中できわめて抑制的です。

 それは、祖母と母と過ごした彼の極貧の少年時代と、教育もなく、生涯働きづめだった障害をもった母への深い愛情と関係しているのでしょう。彼の母は字を読むことも得意ではなく、彼がノーベル文学賞を受賞したときにも、感想を問われて「何も言うことはない」と答えたそうです。小説の中のリウーの母は、聖母のようなイメージで描かれます。

「コロナウィルスでカミュの小説『ペスト』が売れているらしい」

1.コロナウィルスは世界的に拡大していますね。

 渋谷のスクランブル交差点もいつもより人が少なく、外国人観光客が立ちどまって写真を撮る、普段の光景は見られません。

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 皆様のところもそうでしょうが、商社勤めの長男は15日まで原則在宅勤務、ただし管理職は3日に1回時差出勤になった由。

 ロンドン勤務の娘は、「ロンドンから離れた非常用オフィス勤務となり、数週間は続く予定。孫の自宅学習は終わって今週から通学が始まった」。

 こういう非常時にはいつも、人の善意と、中傷や自己利益最優先の行動との両極端が見られるのは人間の性でしょうか。

「善意」について言えば、3月3日の東京新聞は「休校、苦しむひとり親」と「急な休校、支援の輪」という見出しの2つの記事が載りました。

 そして、「足立区のNPOや企業約30団体が、区内の事務所やカフェ計3か所を「子どもの居場所」として開放し、宅配弁当を無償提供する」、「板橋区にある「まいにち子ども食堂高島平」は、年中無休で毎日三食、活動を続ける」などが報道されました。

 京都の友人からもメールが来て、京都に行くと必ず寄る、江戸時代から続く小さな割烹「松長」の支援活動も京都新聞に報道された、と教えてくれました。

 記事には「松長は、親子向け教室の会場として使ってきた店内の1部屋で、近隣の子どもを預かる。曜日や時間、人数は事前連絡に応じて対応する。おかみの長谷川真岐さん(46)は「共働きのママ友の間で、休校について戸惑いの声が多かった。子どもを預かるハードルは高いが、地域の助け合いが広がってほしい」と話す」とあります。

 それにしても日本の新聞はどうして必ず年齢を入れるのかなと不思議に思っています。英米の新聞で見たことがありません。

https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/175560

 京都でいつもお会いする真岐さんの年齢を初めて知りました。

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2.同じく東京新聞の4日夕刊の「大波小波」というコラムは、「カミュの小説『ペス

ト』が売れているらしい」、「読者は共感を求めているのか、それとも教訓を求めているのか?」とありました。

 そこで今回は、ご存知の方も多いでしょうが、本書を紹介したいと思います。20代から何回も読んでいる愛読書の1つで、6年前に読書会で取り上げ、「あとらす」という雑誌に寄稿したこともあります。邦訳は宮崎峰雄訳、新潮文庫

 アルベール・カミュは当時のフランス領アルジェリアで生まれ,1957年44歳の若さでノーベル文学賞を受賞しました。

――どんな物語か?

(1) 194*✴年、北アフリカにある地中海に面した人口20万の都市オランに突如として人を死に至らしめる伝染病が発生し、死者が激増する。感染を防ぐために外界から遮断され閉鎖された町で、医者リウーは寝る間も惜しんで献身的に治療に当たる。彼の妻は、市が閉鎖される直前に病のため市外の療養所に入院し、留守を預かるためにリウーの母が滞在している。

(2) たまたま取材で出張中に巻き込まれた新聞記者のランベール、自由人ともいえるタルー、イエズス会の神父パヌルー、オトン判事とその家族、市の臨時職員のグランなどが、死がまん延する極限状態に直面してそれぞれにどう生き、どう対処するか。

(3) ランベールは、自分は無関係な人間で恋人の待つパリに何とかして戻りたいと画策するが、閉鎖された街を出るのは容易ではない。

 パヌルーは教会で、ペストは「神から出たもの」であり「反省すべき時がきたのだ」と力強く説教する。しかし判事の幼い男の子が苦悶のうちに死んでいく姿に立ち会い、神は私たちに何を求めているのかと苦悩せざるを得ない。

 グランは、小説を書くという自らに課した、傍から見たら滑稽な、徒労としか思えない「仕事」を以前と変わらず淡々と続ける。

もちろん、この非常事態に一儲けしようと企てる男もいる。

(4) 感染が拡大し、要員不足が懸念される状況で、タルーは医者や看護師を助けるためのボランティア組織を立ち上げる。

 ランベールは、奮闘するリウーの姿に心を打たれ、自分もいまやこの町の人間なのだと、留まり参加する決意を固める(「自分一人が幸福になるということは、恥ずべきことかもしれないんです」とリウーに語って)。

グランもパヌルー神父も息子を亡くした判事も参加する。

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(5)何カ月かが経ってペストの勢いが徐々に衰えかけたころになって、ボランティアで患者や死者に接しているパヌルーとタルーは感染して命を落とす。

 年が明け、また春が近づく頃、ペストの終息が宣言されて市門は開けられ、再び外の世界との接触が可能になる。しかしリウーの妻は夫に会うことなく療養所で死去する。心を通わす会話を何度も交わしたタルーからえたものは「友情を知ったこと、そしてそれを思い出すということ」だ、とリウーは自らに言い聞かせる。

 ペストから解放された市民は祝祭の気分に溢れ、賑やかに花火が上げられるが、リウーはこれが一時的な勝利にすぎないこと、ペストは再び人間を襲うだろうこと、だからこそ、戦った人々の記録を残しておこうと心に決める。

 それは「ペストに襲われた人々に有利な証言を行うために、彼らに対して行われた非道と暴虐の、せめて思い出だけでも残しておくために、そして天災のさなかで教えられること、すなわち人間のなかには軽蔑すべきものよりも賛美すべきもののほうが多くあるということを、ただそうであるとだけいうために」。

f:id:ksen:20200308080634j:plain3. 本書が刊行されたのは一九四七年カミュ三四歳のとき。第二次世界大戦でドイツに

占領されたパリの市民に寓して書いたといわれます。ぺストと戦う人々の姿がレジスタンス(ナチスへの抵抗運動)を象徴するとして、広く読まれました。

 反抗と連帯、そしてヒューマニズムを訴える小説としての評価が定着していると思います。著者カミュを「いまも、私たちの良心であり続ける」と呼ぶ人もいます。 

 そもそも、本書は病気としてのペストを題材にしているが、「ペスト」に表象されるのは、人間を抑圧し・抹殺する「悪」一般であり、「不条理」という死にいたる人間存在そのものであろうとはよく言われることです。

 本書でもグランは「ペストは人生そのものだ」という認識を語ります。タルーは「われわれはみんなペストの中にいるのだ」と記します。   

 そのように理解すれば、ペストで街が閉鎖され、市民が監禁状態に置かれるという前提は「そういう人間の条件(カミュは、それが「不条理」であり、普段は意識されないだけで死に向かう人間の実存だと考えます)の中で、どのように生きるか」が大事なのではないかと思われます。

 もちろん、極限状態においては医者や責任者がどういう判断をし、行動をとるべきかも大事でしょう。

  いま中国の武漢は、まさに閉鎖された町に監禁された状態で、医師や看護師やボランティアや市民が同じような状態で、死や様々な「悪」と戦っていることでしょう。この人たちは苦難の中にあっても、リウーと同じく、「人間のなかには軽蔑すべきものよりも賛美すべきもののほうが多くあるということ」を感じられるでしょうか。

4.本書から共感や教訓を得られるかどうかは、読者によってさまざまでしょう。しかし、家に居る時間が増えたいま、こういう優れた古典を読む人が増えたとすれば、とても嬉しいことです。

アンドリュー・ヤンとベーシック・インカム、『ベーシック、命をつなぐ物語』(廣田尚久)

1. 新型コロナウィルス問題、早く収束してほしいですね。

 私も家にいる時間が多くなりました。近くの散歩は続けており、梅やまんさくが咲く、立派なお宅の庭を眺めたりしています。

 世界大で感染者が増えていて、経済も先行き懸念が広がっています。2月27日のCNNは、第二四半期(4~6月)にアメリカ経済の景気後退が起きるようならトランプ再選に黄信号がともる、とのゴールドマンサックス見解を紹介していました。

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2. 前回のブログは2月22日の民主党ネバダ州党員集会に触れました。(今週末は黒

人票が多いサウスキャロライナ、3月3日には大票田の加州やテキサスなどで予備選が実施され、ここまでで約4割の代議員が決まります)。

 民主党にとって、中道派の候補者が混戦で絞込みができない現状は戦略上問題がある。

 しかし(1)活発でオープンな話合いと(2)多様な政治家の出現には活力を感じる、とも書きました。

 (1)については、2月25日の東京新聞が「目前にある民主主義」として、2日のアイ

オワ州での党員集会を取材した記事を載せています。

―「党員は州内約1700か所の会場に集まり、公開で議論しながら支持する候補を決める。・・・誰がどの候補を支援しているか丸見え。時間も手間もかかるが、話合いで決める民主主義の素晴らしさを感じた」と書いています。

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 (2)については「多様な」候補者の1人として、アンドリュー・ヤンを紹介しました。

 彼は台湾からの移民の息子で、「東アジア系アメリカ人初の大統領候補として注目された」と言われます。

 弁護士、起業家、慈善事業家であり、オバマ政権時「雇用創出」に貢献したとして表彰された。政治経験ゼロにも拘わらず立候補し、「ソーシャル・メディアを最も活用した候補者」とも言われ、予想以上の支持を得て一定の存在感を示しました。。

 2月20日に撤退を表明したが、その前日にCNNの「政治コメンテーター」に就任し、早くもTVに登場して、コメントしていました。

 アンドリュー・ヤンの政策は民主党の「中道派」に属します。しかしいちばん注目されたのは、公約に「ユニバーサル・ベーシック・インカム」を掲げたことです。

3.ベーシック・インカム(BI)は「生活に最低限必要な所得を国民全員に保障する制

度」です。

 BIの必要性を説く井上智洋駒沢大准教授は、以下のように述べています。

(2017年8月8日日経・経済教室「AIは何をもたらすか」から)――

 (1)(例えば)日本で毎月7万円を国民全員に給付するには、それにより不要となる生

活保護や失業手当などの社会保障費を削減し、所得税率も引き上げる。

 しかしこれは平均的な国民にとってはほとんど負担にならない。おおざっぱに言うと、中間所得層では差し引きはおよそゼロ。貧困層では給付額の方が多く、富裕層では増税額の方が多くなる。

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 (2) したがってBIは、他の一般的な社会保障制度と同様に、富裕層から貧困層への所得の再分配をもたらす。

 財源は常識的に考えれば増税以外にない。結局のところ、BIを導入できるか否かは、富裕層が増税に応じるかどうかにかかっている。

(3) BIは労働に対するインセンティブが失われにくいという点で、生活保護や失業保険よりも優れている。

 しかも、AIによる純粋機械化経済が実現したあとでは、この制度は必要不可欠なものになる。多くの労働者がBIなしに生活を維持できなくなるからだ。

 こう主張しても、富裕層の増税に対する理解は得られないかもしれない。それでもAIが高度に発達した未来に大規模な再分配がなされなければ、富裕層の所得も減少するということならば、ある程度納得せざるを得ないだろう。―――

f:id:ksen:20200301074636j:plain4.アンドリュー・ヤンについては、「彼は「ヤン・ギャング」と呼ばれる熱心なファン

を獲得し、民主党共和党の両派から理想主義に燃える、現状の政治に満足できない支持者を集めた」と言われます。

 その目玉となる彼の公約が、「「自由の配当(The Freedom Dividend)」と呼ぶ、18歳以上の全ての米国民に月額1000ドルを支給する「ユニバーサル・ベーシック・インカム」の実現を目指す」というものでした。

 BIを公約に掲げるアメリカ大統領選の候補者は初めてではないでしょうか。

(5)日本の政治家でもまだいないのではないかと思いますが、

実は今回この問題を取り上げたのは、海の向こうの話だけでなく、私の友人が小説を書いてその中で扱っているのです。

 廣田尚久という、中学・高校・大学が一緒の友人です。本職は弁護士で、民事の「和解」が専門で専門書も書いていますが、その傍ら小説を出版しています。

 昨年春に出した『2038,滅びに至る門』は以前ブログでも紹介しました。

https://ksen.hatenablog.com/entry/2019/11/03/081913

 舞台は2038年、AIが生み出した指導者の指令によって核戦争が起きるという、ディストピアの世界を描いた作品で、西垣通東大名誉教授が長文の書評を毎日新聞に載せまました。

(6)廣田氏はまことに精力的で、昨年末にもう1冊小説を、同じく河出書房新社から出

版しました。

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『ベーシック、命をつなぐ物語』という題名で、ベーシック・インカム(BI)を取り上げています。硬いテーマを物語の中に取り込む意欲作で、なかなか面白く読みました。

(1) 舞台はやはり今から約20年後の未来。AIのために職を失い、「棄民」の状態に置か

れた人々が「新しい共同体」を作り、彼らがBIを政治公約にして選挙を戦うという戦略を政治家に働きかける。

(2) 最大野党の進歩党が興味を示して、選挙の公約に掲げる。

ちょうど金融市場の崩壊が起きて、政治経済は大混乱し、進歩党の支持率も上向き、BIへの国民の理解も進み、世論調査で78%が導入に賛成する。。

 これを見た与党保守党が何と公約を横取りし、同じくBI導入を約束する。

(3) 総選挙の結果は投票率71%、総議席435のうち進歩党は201議席を獲得し、保

守党226には及ばないものの善戦する。

 進歩党党首は、「与党のBI政策はうまくいかない。いずれ自分たちの出番がくる。野にあるうちにBIの制度設計を練り直し、そのときこそBIを武器に世直しをする」と語り、「新しい共同体」のメンバーは「種は地に播かれた」と未来に希望を抱くところで、物語は終わります。

7.アメリカの選挙で初めて一定の注目を浴びたBIが、これから日本でも政治の局面で注目されることがあるでしょうか?興味を持っています。

 例えば山本太郎あたり、勉強家のようですから、勉強し検討してみたらどうでしょうか?少なくとも廣田氏のこの本を読んでほしいものです。

王維の「鹿柴」と新島襄「寒梅」VSアメリカの選挙は?

1.前回は、美しい日本語を耳で覚え、暗誦することが大切だと思う、と書きました。

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(1)もちろん、他の言語でも言えることで、詩であれば英詩も漢詩も同じでしょうね。

先月末に京都の街を歩いて苔に夕日があたる景色を眺めて、漢詩に、

「復(ま)た照らす青苔(せいたい)の上」

という一節があったなと思いだしました。

作者も題名も忘れて、そこしか頭に浮かびませんでしたが帰京して調べると、唐の詩人王維の五言絶句で、その前の三句は「読み下し」で以下の通り、

「空山(注:人影のない寂しい山)人を見ず、但(ただ)人語の響きを聞くのみ、返景(注:夕陽の照り返し)深林に入り」、

そして「また照らす青苔の上」で四句が閉じます。

因みに、この詩について吉田健一が『文学概論』の中で、これこそ文学であるとして、ちょっと難しく説明します。

―「・・・実際に見たものが林に差し込む夕日であり、又、その余光が落ちている青苔であって、聞こえてくるのが人間の声ならば、それから先は詩人の、というのは人間の精神に何が起るか、言葉と人間の精神の交渉から生じる冒険が決定し、それ故にこの詩は王維の世界であるとともに、我々に共通に与えられた人間の世界なのである」―

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(2)ついでに、思い出した漢詩をもう一つ。東京は穏やかな日和が続き、朝の散歩が気持ちよいですが、今年は梅の咲くのが早く、散歩の途次の日本民芸館の前庭も東大駒場キャンパスの梅林も咲いています。

 寒い中で咲いてこそ「梅」なのにと思い、新島襄漢詩「寒梅」が浮かびました。

       庭上一寒梅    (庭上の一寒梅)

       笑侵風雪開              (笑つて風雪を侵して開く)   

       不争又不力                (争はず又力(つと)めず)

       自占百花魁              (自ら百花の魁(さきがけ)を占(し)む)

「詩意」は   ――庭先の一本の早咲きの梅が風雪に耐えて花を開いている。まるで微笑むかのよう である。争いもせず、ことさらに努力もせずに、自然と他の花にさきがけて、寒さの中に超然と咲いている。―

(3) 明治の時代、知識人はよく漢詩を作りました。鴎外も漱石も、軍人だった乃木将軍の詩も秀作との評判です。

 新島襄も、明治人の一人で同志社の創設者。21歳のとき、上海から密出国(当時まだ鎖国の禁があった頃)して、10年間アメリカで学びました。帰国してから10年経って、死去する5年ほど前から漢詩の詩作を再開しました。

(4)「寒梅」は1889(明治22)年、病をおして同志社の大学部設立のための募金活動に上京中に発病して大磯で療養中、亡くなる直前の作です。

  新島は、一生を通して奮闘努力を続け、思い半ばにして死去した人物ですが、そういう彼が他の花に先駆けて咲く梅に託し、漢語を使って「争わず、また努めず」と自らに言い聞かせるところが心に響くのでしょう、漢詩を吟じる人たちに愛されて、いまもよく歌われます。

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 アメリカで洗礼を受けて神学校に通い、宣教師として帰国し、キリスト教主義を基本とする教育が日本再生の鍵となることを信じつつ亡くなった新島襄が他方で漢詩を愛したことが興味深いです。

(5) 漢詩を大事にし、ときに日本語に読み下し,暗誦する文化も、これからも残ってほしいと願います。私の身近には大学時代の友人が1人、もとの職場の友人が1人、退職後、漢詩を熱心に作っています。

2,話は変わりますが、いまアメリカでは民主党の大統領選の候補者を決める熱い「争い」が戦われています。

(1) 20日には22日のネバダ州党員集会直前の公開討論会(ディベイト)が,6人の候補者によって実施されました。

 新島と異なり、「争う」のは政治家の本領かなと思いながらPCで生中継を見ました。(2) ご承知の通りの混戦で、これではトランプが喜ぶだけではないかと思いますが、野次馬で見ている分には面白いです.

  左派のサンダース、ウオーレン、中道派からはバイデン、ブティジェッジ、クロブシャー、それに今回からもとニューヨーク市長で、世界で12番目の富豪だというブルームバーグが「ディベイト」に登場しました。

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(3) 公開の場ですから、有権者はその場で、あるいは画面を見ながら、それぞれの候補者がいかに論理的かつ説得力をもって自らの主張や信念を語り、競合する仲間を冷静に攻撃し、弱点を批判できるかを判断します。様々なメディアも、「論戦で誰が勝者で誰が敗者だったか」を論評します。

(4) その中で、ニューヨーク・タイムズが、同紙の「論説(opinion)」欄の常連寄稿者16人の専門家の評価(10点満点で6人に点を付ける)を載せています。 従って、全部で、16X6 =96の評価が出る訳ですが、結果は以下の通り、平均点で順位を見ると、

1位―ウォーレン(平均8.4点―10点満点をつけた人が1人、9点が8人)

2位―サンダース(7.2―9点が4人)

3位―ブティジェッジ(6.9―9点が1人、8点が5人)

4位―バイデン(6.2―9点が1人、8点が1人)

5位―クロブシャー(6.0―10点が1人、9点&8点がゼロ) 

6位―ブルームバーグ(2.9―5点が最高で3人、1点が4人)

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  ブルームバーグの際立って低い評価、いままでのディベイトで高い評価だったクロブシャーの落ちが目立ちます(彼女はメキシコ大統領の名前を言えないチョンボを指摘されて守勢に回った)。何れにせよ私のような素人が見ても妥当な評価だと思います。

(5) もちろんディベイトの出来不出来が票に直結するものではないでしょう。

 ただいま現在、ネバダでは結果集計中です。いま見ているCNNはまだ10%の開票率ですが、サンダースが抜きんでて1位、バイデン2位、ブティジェッジ3位、ウオーレン4位と伝えています。ブルームバーグはまだ参戦していません。

 左派はサンダースでほぼ決まりか。他方で中道派はまだ4人いて、今度はバイデンが挽回している。トランプ打倒のためには無党派層を取り込む必要があり、左派ではそれが苦しい。何とか中道派から候補者を出したいと思っている人が多いでしょう。

 これから、6人の中から撤退する候補者が出てきて、誰が勝ち残るかのサバイバル・ゲームになります。本日の結果からはクロブシャーはそろそろ苦しくなる。

(6)しかし、早々と撤退した候補者の中にもなかなかの人物がいます。

  例えば、アンドリュー・ヤン。台湾からの移民二世のまだ45歳、コロンビア大ロースクールを出て、若者の起業を支援する活動を続けてきてオバマ政権時に表彰されたこともある、政治経験はまったくありません。

 アジア人の大統領選挙挑戦者は珍しい。過去のディベイトでも頑張っていました。今後何らかの形で政治の世界に再登場してくると面白いと思っています。

  (7)混戦は、打倒トランプの民主党戦略上はマイナスが大きいでしょう。しかし、政策、性別、人種、経歴など様々で、多様かつ魅力ある候補者が論争を繰り広げる光景はやはり活力があり、代議制民主主義の良いところだと痛感します。