王維の「鹿柴」と新島襄「寒梅」VSアメリカの選挙は?

1.前回は、美しい日本語を耳で覚え、暗誦することが大切だと思う、と書きました。

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(1)もちろん、他の言語でも言えることで、詩であれば英詩も漢詩も同じでしょうね。

先月末に京都の街を歩いて苔に夕日があたる景色を眺めて、漢詩に、

「復(ま)た照らす青苔(せいたい)の上」

という一節があったなと思いだしました。

作者も題名も忘れて、そこしか頭に浮かびませんでしたが帰京して調べると、唐の詩人王維の五言絶句で、その前の三句は「読み下し」で以下の通り、

「空山(注:人影のない寂しい山)人を見ず、但(ただ)人語の響きを聞くのみ、返景(注:夕陽の照り返し)深林に入り」、

そして「また照らす青苔の上」で四句が閉じます。

因みに、この詩について吉田健一が『文学概論』の中で、これこそ文学であるとして、ちょっと難しく説明します。

―「・・・実際に見たものが林に差し込む夕日であり、又、その余光が落ちている青苔であって、聞こえてくるのが人間の声ならば、それから先は詩人の、というのは人間の精神に何が起るか、言葉と人間の精神の交渉から生じる冒険が決定し、それ故にこの詩は王維の世界であるとともに、我々に共通に与えられた人間の世界なのである」―

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(2)ついでに、思い出した漢詩をもう一つ。東京は穏やかな日和が続き、朝の散歩が気持ちよいですが、今年は梅の咲くのが早く、散歩の途次の日本民芸館の前庭も東大駒場キャンパスの梅林も咲いています。

 寒い中で咲いてこそ「梅」なのにと思い、新島襄漢詩「寒梅」が浮かびました。

       庭上一寒梅    (庭上の一寒梅)

       笑侵風雪開              (笑つて風雪を侵して開く)   

       不争又不力                (争はず又力(つと)めず)

       自占百花魁              (自ら百花の魁(さきがけ)を占(し)む)

「詩意」は   ――庭先の一本の早咲きの梅が風雪に耐えて花を開いている。まるで微笑むかのよう である。争いもせず、ことさらに努力もせずに、自然と他の花にさきがけて、寒さの中に超然と咲いている。―

(3) 明治の時代、知識人はよく漢詩を作りました。鴎外も漱石も、軍人だった乃木将軍の詩も秀作との評判です。

 新島襄も、明治人の一人で同志社の創設者。21歳のとき、上海から密出国(当時まだ鎖国の禁があった頃)して、10年間アメリカで学びました。帰国してから10年経って、死去する5年ほど前から漢詩の詩作を再開しました。

(4)「寒梅」は1889(明治22)年、病をおして同志社の大学部設立のための募金活動に上京中に発病して大磯で療養中、亡くなる直前の作です。

  新島は、一生を通して奮闘努力を続け、思い半ばにして死去した人物ですが、そういう彼が他の花に先駆けて咲く梅に託し、漢語を使って「争わず、また努めず」と自らに言い聞かせるところが心に響くのでしょう、漢詩を吟じる人たちに愛されて、いまもよく歌われます。

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 アメリカで洗礼を受けて神学校に通い、宣教師として帰国し、キリスト教主義を基本とする教育が日本再生の鍵となることを信じつつ亡くなった新島襄が他方で漢詩を愛したことが興味深いです。

(5) 漢詩を大事にし、ときに日本語に読み下し,暗誦する文化も、これからも残ってほしいと願います。私の身近には大学時代の友人が1人、もとの職場の友人が1人、退職後、漢詩を熱心に作っています。

2,話は変わりますが、いまアメリカでは民主党の大統領選の候補者を決める熱い「争い」が戦われています。

(1) 20日には22日のネバダ州党員集会直前の公開討論会(ディベイト)が,6人の候補者によって実施されました。

 新島と異なり、「争う」のは政治家の本領かなと思いながらPCで生中継を見ました。(2) ご承知の通りの混戦で、これではトランプが喜ぶだけではないかと思いますが、野次馬で見ている分には面白いです.

  左派のサンダース、ウオーレン、中道派からはバイデン、ブティジェッジ、クロブシャー、それに今回からもとニューヨーク市長で、世界で12番目の富豪だというブルームバーグが「ディベイト」に登場しました。

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(3) 公開の場ですから、有権者はその場で、あるいは画面を見ながら、それぞれの候補者がいかに論理的かつ説得力をもって自らの主張や信念を語り、競合する仲間を冷静に攻撃し、弱点を批判できるかを判断します。様々なメディアも、「論戦で誰が勝者で誰が敗者だったか」を論評します。

(4) その中で、ニューヨーク・タイムズが、同紙の「論説(opinion)」欄の常連寄稿者16人の専門家の評価(10点満点で6人に点を付ける)を載せています。 従って、全部で、16X6 =96の評価が出る訳ですが、結果は以下の通り、平均点で順位を見ると、

1位―ウォーレン(平均8.4点―10点満点をつけた人が1人、9点が8人)

2位―サンダース(7.2―9点が4人)

3位―ブティジェッジ(6.9―9点が1人、8点が5人)

4位―バイデン(6.2―9点が1人、8点が1人)

5位―クロブシャー(6.0―10点が1人、9点&8点がゼロ) 

6位―ブルームバーグ(2.9―5点が最高で3人、1点が4人)

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  ブルームバーグの際立って低い評価、いままでのディベイトで高い評価だったクロブシャーの落ちが目立ちます(彼女はメキシコ大統領の名前を言えないチョンボを指摘されて守勢に回った)。何れにせよ私のような素人が見ても妥当な評価だと思います。

(5) もちろんディベイトの出来不出来が票に直結するものではないでしょう。

 ただいま現在、ネバダでは結果集計中です。いま見ているCNNはまだ10%の開票率ですが、サンダースが抜きんでて1位、バイデン2位、ブティジェッジ3位、ウオーレン4位と伝えています。ブルームバーグはまだ参戦していません。

 左派はサンダースでほぼ決まりか。他方で中道派はまだ4人いて、今度はバイデンが挽回している。トランプ打倒のためには無党派層を取り込む必要があり、左派ではそれが苦しい。何とか中道派から候補者を出したいと思っている人が多いでしょう。

 これから、6人の中から撤退する候補者が出てきて、誰が勝ち残るかのサバイバル・ゲームになります。本日の結果からはクロブシャーはそろそろ苦しくなる。

(6)しかし、早々と撤退した候補者の中にもなかなかの人物がいます。

  例えば、アンドリュー・ヤン。台湾からの移民二世のまだ45歳、コロンビア大ロースクールを出て、若者の起業を支援する活動を続けてきてオバマ政権時に表彰されたこともある、政治経験はまったくありません。

 アジア人の大統領選挙挑戦者は珍しい。過去のディベイトでも頑張っていました。今後何らかの形で政治の世界に再登場してくると面白いと思っています。

  (7)混戦は、打倒トランプの民主党戦略上はマイナスが大きいでしょう。しかし、政策、性別、人種、経歴など様々で、多様かつ魅力ある候補者が論争を繰り広げる光景はやはり活力があり、代議制民主主義の良いところだと痛感します。