タイム誌「2015年今年の人」はやはりドイツのメルケル首相


今年もよろしくお願いいたします。
1. 2016年最初のブログは恒例のタイム誌「2015年今年の人(Person of the Year)」を取りあげます。
同誌の昨12月21日号特集で予想通り、メルケルさんが選ばれました。 


その前すでに11月には,
(1) 米国Forbes誌がプーチンに続いて「最も強力な人物」の2位にあげたこと
(2) 英国エコノミスト誌が「かけがいのない欧州人」と呼んで彼女の特集を組んだこと
をブログで紹介しました。
http://d.hatena.ne.jp/ksen/20151115

(3) タイム誌は「自由世界の首相」とも、「世界でもっとも繁栄しているジョイント・べンチャー(共同企業体)であるEUの事実上の指導者」とも呼びます。

(4) 英国フィナンシャル-タイムズ紙(FT)も12月、彼女を「今年の人(Person of the Year)」に選びました。理由は一言で言って「リーダーシップ」と編集長は答えています。


「難民受け入れの姿勢、EUはオープンであるべきだとの強い信念は、メルケルに対する世界の評価を強いリーダーへと変えた。
政治的な代償は大きいかもしれないし、賭けに失敗するかもしれない。
しかしアンジェラ・メルケルは、彼女自身だけではなく、欧州をもつくり変えようとしているのだ」。
http://video.ft.com/4672653357001/FT-person-of-the-year-Angela-Merkel/World

これだけ欧米のメディアが一致して同じ評価をするのも珍しいでしょう。
大きな理由として、難民がいかに欧州を、世界を揺り動かしている深刻な問題かがあります。物理的な問題だけではなく、西欧の価値観が問われているという危機感です。
私もその一人ですが、遠い日本にいるとその切実さがいまひとつ実感として掴めないのではないでしょうか。


(5) そして、12月14日、彼女が党首であるドイツのCDU(キリスト教民主同盟)は党大
会を開きました。もちろん政府の難民政策への批判も出ましたが、「欧州はオープンであるべきだ。これはモラルの問題だ。それ以上でもそれ以下でもない。そして移民の受け入れはリスク以上の利益をもたらす」とする彼女のスピーチは、実に9分間のスタンディング・オーベーションで支持された、とメディアは報じています。

2. ということで、ここで再度、タイム誌がメルケル首相について語る言葉に耳を傾けましょう。
(1) まずは彼女自身が、ある意味で難民(refugee)だった。
東ドイツというかってのドイツ民主共和国、民主的でも共和国でもない国で、壁と秘密警察に囲まれて育った彼女は、
統一後、依然として「異邦人」扱いをされていた東独出身者であり、

(2) 内気な、教室ではいつも後ろに座る、勉強はよくできたが運動は大の苦手の、プロテスタント(ルーテル派の牧師の娘)の、しかも離婚経験があり(前夫の科学者メルケルと別れ)、同じく科学者と同棲中である(現在の夫)という女性が、カトリック信者が多数を占める、保守かつ中道右派であるCDU(キリスト教民主同盟)に加わったこと自体異例なことだった。

しかも、カリスマもなく、派手でなく、ただ生き残るための鋭いセンス(これも東独という環境で鍛えられた)と科学者らしいデータへのこだわりが武器だった女性。


当時のコールもと首相に見込まれて順調に要職を得たといっても、その後社会民主党シュレーダー首相を選挙で破り、首相になってからも決して目立つ存在ではなかった。

(3)それが、2015年になって、ギリシャの財政危機、ユーロ存続の危機、さらに難民問題と、EUすなわち欧州の存続さえ危ぶまれるような事態が次々に起きた今年、彼女の存在感と指導力は際立った。

その結果、ドイツの存在感もである。過去70年、ナショナリズム軍国主義、そしてユダヤ人大量虐殺というナショナル・アイデンティティを取り除くという重要な過程で、
それを変えていこうとする指導者の果たす役割はまことに大きい。

メルケルへの反発や批判も激しい。
アメリカ大統領選の有力候補者トランプは、彼女を「気が変だ」と罵り、
ドイツの抗議者は、「裏切者」や「売女」とまで呼び、批判者は、「自国の経済破綻と文化的自殺」を懸念し、
支持率は20%も下落している。
しかしメルケルは、「私たちは、やり遂げられる」と繰り返し語ります。


3, (1) 世界のあちこちで、自由と安全との釣り合いをめぐって激しい議論がされている今・・・・メルケルは、ドイツ国民に向かって、そしてそのことを通して世界の多くの人間に対して、実の多くのことを訴えている。
―――歓迎すること、恐れないこと、偉大な文明とは壁ではなく橋をつくることであること。そして戦いは戦場の外ででも勝利しなければならない・・・・と。

このように、牧師の娘は、いま慈悲を武器にして戦いを挑んでいる。


(3) 彼女には賛成も批判もあるだろうが、その道のりが容易ではないことだけは確かである。指導者とは、人々がついて行くことを望んでいないときにこそ、真の価値が試されるのだ。

(4) 他の政治家ならためらうような多くの要求を自国民に呼びかけるその勇気のゆえに。
圧制や暴虐とご都合主義に断固として立ち向かう姿勢のゆえに
そして、どこを見ても不足していると言わざるをえない・確固たるモラル・リーダーシップを、世界に向けて示しているゆえに。
アンジェラ・メルケルは、「タイム誌が選ぶPerson of the Year」である。


4 最後に補足です。
FTの「今年の人」は1975年以来ですが、タイム誌ははるかに古く1927年にスタートしました(第1回に選ばれたのは、チャールズ・リンドバーグ)。
いままでに(個人だけではなく、昨年の「エボラ熱と闘う人たち」のようにグループや複数を含む)約90人が選ばれていますが、やはり米国誌だけにアメリカ人に偏重し、うち約50人です。


かつ女性はきわめて少ない。
今回のメルケルさんは個人の女性としては、1986年のフィリッピンのアキノ大統領以来19年ぶり、その前は52年のエリザベス女王、いままでにわずか5人です(後の2人は、戦前の蒋介石夫人宋美齢と、退位したエドワード8世と結婚したシンプソン夫人)。


因みに、いままでアメリカ大統領選挙の年は当選した次期大統領が「今年の人」に選ばれる可能性が高いですから、11月にヒラリー・クリントンが勝てば2年続けて女性、ということもありえます。