『ポスト・コロナ、資本主義から共存主義へという未来』(廣田尚久)を読む

  1. 連休が終わって少し人出が少なくなったかなと、また1週間長野の田舎に滞在しています.秋晴れの美しい日が続き、実りの稲田とすでに刈り取りの終わった田とが共存してよい眺めです。日本晴れの午後は、久しぶりに霧ヶ峰湿原までドライブし、ほんの少し歩き、車山肩にある「コロボックル・ヒュッテ」で憩いました。

     ここは先代の手塚宗求さん健在のときはよく訪れました。彼は手作りで山小屋をつくり、山案内人もつとめ、冬の遭難時の救助員としても貢献しました。著作もたくさんあり、ともにエッセイスト・クラブの会員だったこともあって親しくしていました。もう亡くなって8年になります。こちらが歳を取るのも当然です。

 いまは息子さんが後を継いでいます。若き日の皇太子時代の天皇夫妻が訪れたときの写真とその時のコーヒーカップとがいまも飾ってあります。

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  1. 山小屋にも、けっこう人が来ていました。どこにいても、何となく、コロナのいる日常がむしろ普通になったような、そんな感覚になってくるのが不思議です。

  そんな中でいま、新聞雑誌に載る論考だけではなく、コロナ関連本ともいえる書籍が山のように出版されています。

   これだけのコロナ出版物を、どれだけの人が読むのか分かりませんが、私が読んだのは、『コロナ後の世界を生きる――私たちの提言』(村上陽一郎編、岩波新書、2020年7月17日)と『ポスト・コロナ、資本主義から共存主義へという未来』(廣田尚久、河出書房新社、同8月30日)の2冊だけです。 

  後者の著者・廣田氏とは中学・高校、大学で一緒です。そんなこともあり、今回は本書を紹介します。

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  1. 氏は本職は弁護士ですが、かたがた小説を何冊も書いています。2019年には立て続けに2冊出版しました。何れもこのブログで紹介しましたが、1冊目は『2038滅びに至る門』と題して、舞台は2038年、AIが生み出した指導者の指令によって核戦争が起きるというディストピアの世界を描いた作品です。西垣通東大名誉教授が長文の書評を毎日新聞に載せました。

 2作目『ベーシック・インカム、命をつなぐ物語』は、ベーシック・インカム(BI)を取り上げています。BIとは、「国がすべての国民に対して最低限の生活をするために必要な現金を定期的に支給する最低所得保障」のこと。

 

(1)舞台は20年後の未来。AIのために職を失い、「棄民」の状態に置かれた人々が「新しい共同体」を作り、彼らがBIを政治公約にして選挙を戦うという戦略を政治家に働きかける。

 

(2)最大野党の進歩党が興味を示して、選挙の公約に掲げる。折から金融市場が下落し、経済が混乱し、進歩党の支持率も上向き、BIへの国民の理解も進み、世論調査で78%が導入に賛成する・・・・。

―――といった展開の物語です。前作もそうですが、硬いテーマを物語の中に取り込む意欲作で、面白く読みながら、未来の社会について考えさせられます。

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  1. 今回は、小説ではなく「ポスト・コロナの人類と世界の在り方に何らかの示唆を与え」たいとして書かれた「緊急提案」です。そして前作で取り上げたBIを「てこ」に未来の社会を構想するところが優れた着目だと思います。

 それにしても、ここ1年半で3冊を出版するという精力的な活動には頭が下がります。よく勉強しておられますし、魅力的な老人の生き方ではないでしょうか。

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  1. 本書『ポスト・コロナ、資本主義から共存主義へという未来』で氏が述べるのは--(1)まず4月17 日に発表された1人当たり10万円一律支給の施策に注目する。政府

自身にはそんな意識も意図もなかったろうが、実はこれは、BIに通じる思想すなわち、「人がそこにいるという、存在の価値に対して支給される」ものと認識する。

 

(2)そしてこれが将来、恒常的な制度として導入されれば、「働かざる者食うべから

ず」からの脱却を内に含む価値観の転換となり、最終的には資本主義の超克につながり、「共存主義への未来」を開くものになりうると考察します

 

(3)「共存主義」とは、「経済の仕組みや社会の仕組みを「共存」という価値観から構築すること」を指しています。それは「資本主義のものの見方、考え方を根本的に規定する認識の枠組みを革命的・劇的に変化させるパラダイム・シフトを展望している」と述べます。

 

 (4)著者はもちろん、「新型コロナ禍後に資本主義がすっかり終焉する可能性は高くないだろう」と認めつつも、資本主義の賞味期限切れが近づいているのではないか、何らかの構造変化が起きるのではないか、新型コロナウィルスがその契機になるかもしれない、と「予測」します。

 その「予測」は、14世紀にヨーロッパを襲ったペストの災厄のあとで、徐々にではあるが封建制度が崩壊し、近代国家が成立していった歴史の流れを頭に入れています。

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(5)そして、その構造変化の「鍵」ないし「起爆剤」になりうるものとして、「一律10万円支給」の恒常的制度化、すなわちベーシック・インカム(BI)の導入を提言しているのでしょう。

 

 もちろんBIを導入するに当たっては、財源を始めいろいろの問題があり専門家にも賛否両論があり、そう簡単に導入できるものではありません。著者はその点は十分認識したうえで、「新型コロナ禍が長引けば、ベーシック・インカムは1つの選択肢としてあり得るし、共存主義にパラダイムシフトすることもあり得るのではないかと思っている」と慎重に、しかし大胆に提言しています。

 

(6)そのうえで最後に、「搾取や格差や侵略によって人々や国々が先走って火事場泥棒の

ようなことをするか、あるいは助け合って互恵主義の世界を築こうとするかの選択の問題である」という言葉で結びます。資本主義を前者の世界の象徴とみて、それに代わるものとして「共存主義」の社会を夢見ての発言と言えるでしょう。

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(7)これを理想論だと言う人は多いでしょうが、私は大事な問題提起だなと思いながら

読み終えました。 

 著者から頂いた手紙には、「この本の類書はまだないようです」と書かれています。しかも彼が指摘するように、過去の歴史を見れば、災厄が社会構造を変えたという事例はあるのですから、案外、夢物語ではないかもしれません。