カズオ・イシグロの『クララとお日さま(Klara and the Sun)』

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  1. 前回、ドラえもんが大好きだと言う、駒場小学校1年生スズメ君の話をしました。

それで思い出したのが、8年前、母校の中学の入学試験に出た理科の問題です。

――「いまから99年後に誕生する予定のネコ型ロボット『ドラえもん』はすぐれた技術で作られていても、生物として認められることはありません。それはなぜですか?理由を答えなさい」――

この問題は、いろんな回答があってもよい、柔軟な思考力を試す出題を中学が出したと言われて、かなり話題になりました。

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  1. いま読書界では、「クララ」と言う女の子の姿と名前をもつ、やはりAI付きロボットを語り手&主人公にしたカズオ・イシグロの『クララとお日さま(Klara and the Sun)』が話題です。

この2つを比較してみると、

(1)クララは、ネコ型ではなく、外見は人間と変わらない。

(2)どちらも、人間の言うことを理解し、話し、読み書きも自由にできる。

(3)クララは、太陽光で生きる。ドラえもんがどら焼きを大好きなのは有名だが、ほかに何をエネルギーにしているかは不明。

(4) クララは、ドラえもんのような超能力(時空を自由に旅したり、万能な道具を取り出したり)は持たない。しかし、人間以上に高い知性をもち、とりわけ観察力と学習能力に優れる。

(5) 役割は似ている。二つとも、人間の相手をし、助ける存在である。

(6) そして最後に、上述した中学入試の理科の問題に戻ると、クララも生物ではない。従って遺伝子を持っていないから、再生能力はない。

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3,ということで、以下はカズオ・イシグロの最新作についてです。

 

(1)彼は長崎生まれ。海洋学者の父が英国に赴任し、家族を帯同し、彼も5歳のときに同行した。そのまま英国に住み、国籍も取得し、小説を書き、『日の名残り』『私を離さないで』などで高い評価を受けて、2017年ノーベル文学賞を受賞。

(2)『クララとお日さま(Klara and the Sun)』は、受賞後第1作。ニューヨーク・タイムズなど英米の新聞4紙に載った書評を電子版で読んだが、概して好評です。

ロスアンゼルス・タイムス紙は、「愛と無私と祈りについての物語で、彼の最上の作品の1つ」と絶賛しました。

 

(3)本書は、主人公であるAIロボットが注目されています。

しかし実はそのことよりも、ロボットの眼で人間と社会を見つめ、理解しようとする、その着想が物語の魅力だと思います。

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(4)近未来のアメリカの地方都市が舞台らしい。語り手であるロボットのクララ=「私」は、AF(友達ロボット、Artificial Friend)を求める人たち用の「商品」として製造された。

「私」は、お店の売り場でジョジーという14歳の女の子に気に入られて、彼女の家に住むようになる。ジョジーは母親と家政婦と郊外の家に暮らしている。「私」の役割は彼女と仲良くなり、かつ病弱なジョジーの健康に気を配ることである。

 

4.という具合に物語が進んでいきます。

(1)イシグロの小説はいつもそうですが、決して「説明」や「答え」を提示しません。

読者も、クララの体験や会話を通して答えを見つけようとします。それには想像力が必要であり、小説を読む楽しみはここにある、と今更のように痛感します。

 

(2) クララはほとんど白紙の状態から「人間」とは何か?を考えていきます。

彼らが、寂しさや幸福感や愛や、憎しみや怒りや、さまざまな感情を関係性のなかで紡いでいく様を学びます。「人間には心があると思うか?」とジョジーの父(母とは離婚した)から訊かれます。       

自らも、人間的な感情を抱くようになり、ジョジーが健康になるために自分がどう助けられるかを考えるようになります。

(3) そして、生きるとは他者との関係性に生きることであり、そこに愛やいさかいが生まれるが、その中で大切なのは他者とともに育んだ「記憶」であると理解していきます。

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5.読んでいて、これはイシグロ自身の経験も投影されていると感じました。

(1) 本書には「in memory of my mother, Shizuko Ishiguro」という献辞があり、 2019年に92歳で他界した母親に捧げられています。彼女は長崎で生まれ、被爆もしました。 

1959年、33歳だった彼女は、「夫の一時期の転勤で、何れは日本に帰国する」つもりで住み始め、結局英国に永住して生涯を終えました。

身近に日本人もいない地方都市で、言葉も文化も風習も気質も異なる英国人の中で暮らしていく、それはクララが「人間」を知っていく過程と似ていたのではなかったでしょうか。

 

(2) イシグロ自身、家では母と日本語で話しながら、一歩外に出れば見知らぬ人々や言葉に出あう。持ち前のしなやかな知性と感性を働かせる。その過程で孤独も感じたでしょう。そして家に帰れば、同じように孤独を抱えつつ、「人間世界」を理解し、溶け込んでいこうと努力する母がいる。

そう思って読むと、彼が本書に「母を偲びつつ」と書き、深い愛情と追憶をもって母に捧げた気持がよく理解できるように思われます。